GW3日目 後編


 その後、離れの居間で昼食をご馳走になった。


 メニューは白米と豚キムチだった。

 豚バラとたっぷりのキムチを炒めた食欲をそそる香りを嗅ぎ雪姫はまた

「 旨そうじゃのー」

 と指をくわえている。


 それを見るとちょっとかわいそうになってくる。

 が、 白米と供に構わず掻き込む。


「これ! もっと落ち着いて食わんか」

「ははは。まあまあ、食べ盛りですから。

 しかし、あの宍戸の子供がこんなに大きくなるなんてな。俺も年をとる訳だ」

 飯を飲み込んだ俺は山岸さんに尋ねる。


「宍戸? 山岸さん、俺の親父のこと知っているんですか?」

「山岸君は宍戸の高校の時の一年先輩だぞ」

「ええ! そうなんですか!?」

「宍戸と立花は有名人だったんだぞ。

 今でも付き合いがあるらしいね」

「有名と言っても変人としてじゃろうが。

 遺跡発掘と言っていきなり校庭を掘り返してみたり」

「でも本当に土器なんかが出土したときは驚きましたがね」

 そう言って師範と山岸さんは笑いあっている。

「親父と立花のおじさん、そんなことしてたのかよ……」

 聞いてるだけで恥ずかしい。


 そんな父親の高校時代のあれやこれやを聞いてるうちに、だいぶ良い時間になったのでそろそろお暇することにした。


「……じゃあ、師範。

 そろそろ俺は帰りますね」

「うむ、また来い」

「山岸さんも今日はありがとうございました」

「ああ、また手合わせしよう」

 そう挨拶して俺と雪姫は道場を後にした。


「ふう……じゃあ、カツカレーの材料でも買って帰ろうか」

「おお! かつかれーか! 早く食べたいのじゃ!!」


****


 孝之が帰った後、離れの居間では伊東と山岸が話し込んでいた。


「……どうだった奴は」

「……正直驚きました。

 まさか体術込みとはいえ一本取られるとは。

 仰られた通りに本気で戦ったのですが」

「ふむ、奴は儂としか手合わせしたことが無いからの。

 儂の相手に慣れて来て少し天狗になっておった。今回のことは良い刺激になったろう」

「あれで高校生とは。いやはや末恐ろしいですな」


「ただまあ本人は剣の道で食っていくことはないだろう」

「それは何とももったいないような気もしますが、現代のと言われた先生の直弟子が」

「あれで存外父親っ子での。父親の背を追ってその道を進むんではないかのう」

「と言うと神職ですか……、それは何とも想像が付きませんな」

「そうか? 儂はあやつの性格は割と神様に好かれるんじゃないかと思うんだがな」

「ははは、そんなまさか」

「ふふふ、冗談じゃ」


 ****


「それでかつかれーとやらの材料には何がいるんじゃ?」

「 そうだなカレーのルーはあるし肉と根菜類と後はとんかつの材料の豚肉、卵ぐらいかな」

「なんと! かつかれーのかつはとんかつとやらの事なのか!!

 それに豚肉! さっきのぶたきむちとやらも旨そうじゃったしこれは期待出来るのぅ」

「ふふふまあ期待しといてくれ」

 いつのまにか雨の上がった夕焼け空の下、そんなことを言いながら俺と雪姫は歩いて行く。


 線路を渡り商店街に入り、八百屋と肉屋で材料を買って行く。

 やがて立花骨董店の側にまで来た。


「よ、良し。少し遠回りして帰ろう」

「何故じゃ? ……む、朝言っておったあやかしだな! そんな者の為にかつかれーが出来るのが遅くなるなど我慢ならん!! 妾が成敗してくれるわー」

 雪姫はそう言うとピューっと走って行ってしまった。


「あっ、おい!」

 そうして俺は思わず大声をあげて周りの人に変な目で見られるのだった。


 雪姫を追いかけて商店街を歩いて行くと、雪姫はよりによって立花骨董店の前で立ち止まっていた。


「お主! あやかしなぞ居らんではないか」

「いいからそこで立ち止まるなよ、じゃないと……」

「おや孝之君じゃあないか」


 ビクッとして後ろを振り向くと雪のお父さん、つまり立花骨董店の店主がいた。

「なんだおじさんか驚かせないでくれよ」

「ははそりゃすまなかったな、買い物帰りか?

 雪もそろそろ帰ってくるだろうし、少しお茶でも飲んでくか?」

「いや結構です! てか、あいつ出掛けてんの?」

「ああ、何でも友達と映画を観に行くとか言ってたな」

「……へ、へぇ(あ、あいつ、一緒に映画なんか観に行く友達がいるのか。うらやましい)」


 そんな俺の返事を別のことを心配しているのだと勘違いした立花父はこんなことを言い出した。

「心配すんなって。一緒に行くのは女の子だって言ってたから」

「うん? 何で俺がそんな心配するんだよ?」

「だってお前ら付き合ってんだろう?」


 心臓が止まるかと思った。

 青天の霹靂とはこのことだ。


「はぁ! 何言ってんだおっさん、もうボケたのか!!」

「ははは、隠さなくって良いよ別に。

 昨日だって娘に言ったらしいじゃないか『俺にはお前だけだ』って、夜嬉しそうに話してたよ」


「違う!! なんかニュアンスが改変されてる!」

「俺の所もお前の所も親一人子一人。

 色々分かり合えるものがあったんだろうな

 昔からよく二人で居たし」


「何でこの親子は人の話聞かないんだ……」

「なんかあいつは高校出たらもう籍入れたいみたいだけどお前はどうなんだ? ……大学とか」

「いい加減にしろ!! 俺はあいつと付き合ってなんかいないし、結婚するつもりもない! もう帰る、じゃあな!」

 そう言って早足でその場を離れる。後から立花父の声が追いかけてくる。

「子作りは計画的にな!」


 後ろから追いかけてきた雪姫が遠慮がちに尋ねてくる。

「のー、お主には夫婦になりたい女子が居るのか?」

「居ない!!」

 つい大声を出してしまう。


 雪姫は涙目になるし、周りの人から変な目で見られるし。

 なんか俺も泣けてきちゃったな…………。


 ****


 なんやかんやあったがようやく家に帰り着いた。


 親父は家にはいなかったが社務所に明かりがついていたから向こうにいるのだろう。

 さて、気を取り直してカツカレーを作るとしよう。


 まずはカレーの野菜の仕込みだ。これは見ていた雪姫も皮を剥いたりして手伝ってくれた。

 その間に俺は米を砥ぎ炊飯器にセット。

 次は玉ねぎをみじん切りにした時は雪姫も隣で涙を流していた。そんな近くで見ているからだよ……。


 そしてフライパンでみじん切りにした玉ねぎを炒める。徹底的に炒める。しんなりとして狐色になるまで炒める。

 そして一旦炒めた玉ねぎを取り出し切ったジャガイモとニンジン、豚肉を炒める。

 肉の部位はあえての細切れ肉だ、その方が肉の味が出て雪姫好みだと思う。


 後はこれを鍋に入れて水を注ぎ沸騰させた後ルーを加えまた煮込めば完成だ。


 次はとんかつ。厚切りロースが3枚一セットで特売になっていたのが嬉しかった。

 これに小麦粉、卵、パン粉をつけて高温の油で揚げる。


 油に肉を投入した音に雪姫が

「のじゃ~!」

 と驚いていたのには笑ってしまった。

 ちょうど炊きあがった白米の上にカレーのルーをかける、更に揚げたてのとんかつを乗せる。

 そして脇にはらっきょ。

 飲み物は牛乳。


「よし完成だ!!」

「ふぉー!! お主これ食べて良いのか? なぁ食べて良いのか!!」

「いいぞ。ただここで食べると親父が帰ってきた時に困るから俺の部屋で食ってくれ」

「分かったのじゃ! では早速持って参れ!!」

 と言うと、たったったと走り去ってしまう、部屋に行ったのだろう。


「まったく」

 俺は苦笑いでそれらをお盆に乗せ二階に運ぶのだった。


 自室の扉を開けると雪姫はちゃぶ台の前に正座をして今か今かとカレーが来るのを待っていた。

「早うもて、早う!!」

「分かった、分かった」

「よし食べるぞ?」

「良いよ」

 雪姫の前にお盆を置くと、雪姫は早速スプーンを握りカレーを掬い口に運ぶ。

「むふーやはりかれーは良いの、至上の旨さだ。

 そして……」


 雪姫はとんかつを一切れスプーンに乗せると口に頬張る。

「な、なんじゃこれは!? 外はサクサクとして、内は獣の汁が染み出してきて例えようのない旨さじゃ……」

「ちなみにルーを付けてご飯と一緒に食べると、もっと美味いぞ」

「なに? それをもっと早く言わんか!!」

 そう言いながらパクパクとものすごい速さでカレーを平らげていく。


 そんな雪姫を眺めていると下から

「ただいまー」

 と声がした。

 親父が帰ってきたのだろう。

「親父が帰ってきたみたいだ。俺も一階に行って飯食ってくるわ」

「えっ……わ、わかったのじゃ。食してくるといい」

「……ああ」

 そして俺は部屋を出る。


 わずかに感じた罪悪感に戸惑いながら


 ****


 一階に降りると親父がカレーの鍋を覗き込んでいた。


「カツカレー作ったのか、旨そうだな。早速夕飯にしよう」

「そうだな」

 そう言いながら支度をして食卓を囲む。


「うん旨いな。

 ……今日は伊東先生の所に行ってどうだったんだ」

「親父の先輩だって人に会ったよ。山岸さんって人」

「おお! 山岸先輩かー、懐かしいなあ」

「立ち会ってもらったんだけどすげー強かったよ」

「そりゃそうさ。あの人高校時代は剣道の全国大会で優勝したんだぞ」

「へぇ、そうだったんだ」


「……なんか俺の事言ってたか?」

「うん。学校のグランド掘り返したって言ってた。立花のおじさんと二人で」

「あ、あれはな、郷土地誌とか古文書とか調べてあそこに何かあるって確信したから行ったことで」

「他にも色々聞いたぞ。例えば…………」


 そんな話でしばらく親父をからかった後、ふと思ったこと親父に尋ねた。

「親父は今日どうだったの。

 あの巻物を調べてたんだろう」

「面白いことが書かれてたぞ。

 この神社の神様、雪姫様の所に遊びに来た大岩山の山神様と雪合戦をしてて、それを村人が見たっていうのが書いてあった」

「へぇ、大岩山の山神様ってあの」


 大岩山とはここから車で1時間ほど行った山間部にある山だ。

 山の頂上付近に大きな平たい岩があって、そこが山神様の寝所になっているという言い伝えがあるのだ。

 麓にはその神様を奉る神社も建っている。


「ま、神様同士が雪合戦なんてやらないだろうけどな。

 多分知らない子供を見て村人がそう思ったんだろう」

「……(雪姫ならやるだろうなきっと)」

 そんなことを話しながら食事の時間が過ぎていった。


 食器を片付け二階に戻る、冷凍庫にしまってあったアイスバーを一本持って。

「雪姫居るか?」

 扉を開けると雪姫はベッドに寝転がりながら漫画を読んでいた。


「む、戻ったか。なんじゃそれは?」

「氷菓子、食べるか?」

「食べるのじゃ!!」

 雪姫がアイスバーを食べている間、先程親父に聞いた事を話して聞かせる。


「……って、親父は言ってたんだけど実際のところどうなのかなと思って」

「しかし固いのーこれ……、

 確かにそやつなら知り合いだぞ、確かに昔そんなことをしたかもしれんの」

「本当の話だったのかあれ……」

「そうじゃ、明日あやつに会いに行こう。

 この異常事態の原因を聞きに行くんじゃ」

「あ、俺は無理だぞ明日学校だし」

「 な、なんじゃとー!!」

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