GWと週末の合間に 前編
目覚ましの音で目が覚める。
起き上がろうとすると左腕に違和感を感じる。
「こいつまたか……」
雪姫が腕に絡まっていた。これで二度目だ。
腕をズボッという感じで引き抜くとその衝撃で雪姫が目を覚ます。
「むにゅ?」
「おはようお姫様。
何でまたここで寝てるんだ?
昨日も社殿で寝るって言ってたよな」
まさか寝ぼけて間違えた訳でもあるまいにと思いながら聞くと、
「お主は今日学校へ行くと言ってたからの、寝坊しないように起こしてやろうと思ったんじゃ」
という返事が返ってきた。
「お、おう。ありがとう」
予想だにしなかった答えに少し動揺しながら返す。
「お主を起こしに来たから少し寝たりんのぉ、妾はもう少しここで寝て行くことにする」
「……好きにしてくれ」
まったく、少し感動した俺の気持ちを返せ……。
階段を降りてダイニングに向かう。
親父はもう朝拝に向かったようだ。食事だけが置いてある。
今朝の朝食はご飯と味噌汁、それになんと朝から肉がある、野菜炒めだ。
久しぶりの登校日だからと気を使ってくれたのかもしれない。
ちなみに俺は昼はいつも学食で食べている。中学までは給食だったが高校を期に親父が弁当まで作り出そうとしていたので学食のある高校を選んだのだ。
もっともその分余計に小遣いをもらうのも親父にとっては負担は変わりないのかもしれないが……。
食べ終わると親父の分も含めて皿を洗う。
洗面所で顔を洗い歯を磨き、いつもより入念にヒゲを剃る。
といっても産毛程度しか生えてない。それでも生えてればみっともない。
別に誰も俺の顔なんかに注目しないがそれでもするのが身だしなみだろう。
自室に戻り制服に着替える。まだ雪姫が寝てるので隅の方でこっそりと。
ネクタイを緩く締めブレザーを羽織る。
鞄を肩にかけるがテスト前でもない限り教材は学校に置きっぱなしなので、入ってるのは今日使う 体育着ぐらいだ。
そこで雪姫に声をかける。
「俺は学校行ってくるけど雪姫はどうするんだ?」
「むにゅ~ 、学校とやらはこの間見たから今日はこの部屋でまんがでも読んでるのじゃ」
「分かった、ちなみにいつも何を読んでんの?」
「はもんとやらや、すたんどとやらが出てくるやつじゃ」
「ほう! ほうほうどういう所が面白い!?」
「ん~絵かの?」
「 ……そっか絵かー」
うん。まあ、個性的だよね。
「あと変な格好が夢に出てきそうじゃな」
……印象に残る。確かに。
「……まあ好きに読んでてくれ。
出来れば内容もな」
「うむ!」
「じゃあ行ってきます」
「気をつけての」
雪姫はそう言うとまた布団に顔を埋めるのだった。
靴を履き、玄関を出る。
家の脇に置いてある自転車を引きながら境内を歩く。
境内では親父が白衣姿で掃き掃除をしていた。
「おはよう。学校行くのか?」
「ああ」
「気をつけてな」
「……親父」
「なんだ?」
「野菜炒め旨かった」
それだけ言うと返事も聞かず、自転車を道に漕ぎ出す。
学校まで自転車で十五分、少し急がなくちゃな。
****
無事に学校に着いた。
校門をくぐり校舎脇の駐輪場に自転車をとめる。
駐輪場から玄関の下駄箱まで少し歩く、その間周りの生徒は「おはよー」と友人同士朝の挨拶をしたり、じゃれ合ったりして歩いて行く。
無論、俺にはそんな友人などいない。
実はこの時間が地味にきつかったりする。
終始無言で階段を登り教室に入る。この時も剣術の修行で培った力をフルに活かして気配を消して入室する。
もちろんいつも誰も俺には気づかない。
ところが、だ。今朝はそれが違った。
席についてすぐ一人の少女がやって来た。
先日不良三人組から助けた柴田明美だ。
「おはよう。孝之君!」
「あ、ああ。お、おはよう。柴田さん」
この時点でキョドりまくる俺、非常にカッコ悪い。
「クスッ、明美で良いって言ったじゃない。
……それより、この間は本当にありがとう。
改めてお礼を言わせて」
「なんだそんなことか、俺何もやってないし」
あまりクラスで目立ちたくないのでなんとか話を終わらせようと探る。
「ううんすごかった。
やっぱり小学校の時から剣道やってるとすごいんだね」
明美さんは頭を振ってそう話を続けた。
「…… 正確にはちょっと違うんだけどね。
……それよりそんな話ししたっけ?」
「実は友達に凄かったって話したら、その友達が孝之君のこと知ってて。
……気、悪くしちゃった?」
「いや? でもそれじゃああの噂の方も聞いたんじゃない?」
「うん……」
「まあ、怖いよなそんな危ないやつが同じクラスにいたら。まあ……」
今はしないからと、話を続けようとしたら明美さんに、
「そんなことない!!」
と大声で遮られる 。
一瞬クラスが何事かと静まり返るが、火元が地味な二人だと分かると大半はすぐに興味を失い元の喧騒を取り戻す。
「ご、ごめん。
でもお母さんが亡くなった時にそんな風にからかわれたら怒って当然だよ。
むしろ全員叩きのめしちゃうなんてすごいと思ったよ。私」
驚きで思わず明美さんの顔をじっと見つめてしまう。
視線が交わる。……嘘は言っていないみたいだ。
「ありがとう。そんなふうに言ってもらったこと無いや」
「ううん、偉そうなこと言っちゃってごめんね」
俺も何を言っていいか分からず、二人の間に沈黙が訪れる。ちょっと気まずい。
「ホームルーム始めるぞ、席に付け~」
担任がそう言いながら教室に入ってきた。
「じゃあ孝之君、また後でね」
明美さんはそう言って足早に去っていく。
気持ち悪いとか思われてないかな。
俺みたいなコミュ障は小さいことでもうじうじ思い悩むものなのだ。
ホームルームが終わり授業が始まる。
ちなみに俺の成績はほとんど平均レベルだ、よくもなければ悪くもない。
ただ日本史と古典だけ多少良いのは古文書と遺跡発掘の話ばかりする大人が近くに二人もいたせいだろう。
そしてとうとうやってきた体育の時間。
楽しみなわけじゃない逆だ、憂鬱なのだ。
ひたすら剣術が修行に打ち込んできたお陰で人並み以上に筋力と体力はある。
ただそれは剣術によって鍛えられたものなので他の運動では体の動かし方が分からないのだ。
だからサッカーやバスケをやれと言われてもそもそもボールの蹴り方や突き方から分からない。
昔、一緒にやった友達もいる訳がない。
剣道があればとも思うがうちの学校に剣道の授業は無い。
何より辛いのがペアになれと言われた時だ。
うちの学校の体育の授業は二クラス合同でやるのだが、この時男子の数は大抵奇数になる。そうすると弾き出されるのが必ず俺だ。
この場合体育教師と一緒にペアを組むことになる。この時ほど惨めなものはない。
とはいえこの時間も堪えていればそのうち終わる。
時間とは人に唯一平等に与えられるものなのだから。
****
淡々と授業をこなしていく。
友達のいない俺には高校生活も木刀を振る素振りと大して変わらないものだ。山も谷もない、真っ平らだ。
授業の合間の休み時間に、明美さんがこちらを見ていることもあったが、彼女もいちいち俺に話しかけてくるほど暇ではないだろう。
そして昼休み俺は学食に向かうべく素早く席を立つ。
早く行かないとすぐ席が一杯になってしまうのだ。
そんな俺の行く手を阻む者がいた、明美さんだ。
「あの孝之くん。良かったら私と一緒にお昼ご飯食べません?」
「えっ……ごめん俺いつも学食だから」
「そうなんだ……」
「……悪いけど早く行かないと席埋まっちゃうから」
「う、うん。ごめんね」
「いや、こっちこそ」
そして俺は逃げるようにその場を後にする。
ボッチに女の子と昼ご飯を食べるというのは百年早いのだ。雪姫は……あれは神様だからノーカンだろう。
学食の入り口の券売機で食券を買う。
メニューはたぬきうどんライス付き(三百五十円)だ。
この炭水化物×炭水化物+油分、という組み合わせは懐の寂しい俺には強い味方だった。
足りない栄養素は師範の所で補えば良いのだ。
席に着いた俺は陽気な波動に飲み込まれないうちに急いで飯をかきこむ。すると突然周りで騒いでいた生徒が皆こそこそと逃げ出した始めた。
「てめえ、見つけたぞ」
「うん?」
声がしたので後ろを振り向くと、いつぞやの不良三人組とさらに見知らぬ顔の不良が二人いた。
****
「……よし良いぞ。おいお前! 身を屈めるな、もっと胸を突き出す!」
どういう状況かと言えばだ、
ありきたりな話だがあの三人組は俺に意趣返しをしようとしたらしい。
五人組に連れられて行った先はこれまたありきたりな学校の敷地内にある、人の目から死角になりそうな場所。
そこにご丁寧に金属バットまで用意して俺にヤキを入れようとしたらしい。
俺が、
「そんな事したって俺が教師とかに言ったらどうするんだ?」
と聞くと。
「おめえがビビってチクれなくなるぐらいまでヤキ入れてやればいいんだよぉ!」
と叫びながら、金属バットで殴りかかってきた。
そこで俺はその案を丸々お返ししてやることにした。
まず殴りかかってきた不良その一のバットを奪取。
後は簡単。全員を骨折させない程度の強さでどつきまくった。
抵抗する気力がなくなるまでどつき回し、全員に生徒手帳を提出させる。不良のくせに意外と真面目なのか全員生徒手帳を持っていた。
その上で全員裸に剥き、巨大な貝殻の上のヴィーナスみたいなポーズを取らせ、スマホで激写しているのだ。
「ははは、よく撮れてるなぁお前らの家にも記念に一枚ずつ送ってやるよ」
「すいませんしたっ! もう勘弁してください!!」
「何? 学校中にばらまかれたいって!?」
「お願いします! もう勘弁してください!!」
泣きながら懇願するので、そろそろ勘弁してやるかぁと思いながら
「そこに正座しろ」
と言うと、 全員俊敏な動きで全裸のまま一列に正座をした。
「さて俺のスマホにはお前たちの
ビクンと肩を震わせる不良五人組。
「……お前達は言ったよな。
俺がビビってチクれなくなるまでヤキを入れてやればいいって。
俺はそれと同じことをしているだけだ、違うか? どうせお前らだってこんぐらいのことは考えてたんだろう?」
『…………』
五人は黙ったまま何も答えない。
「まあ後は俺と俺の知り合いに手を出すなって言っておけば話は終わるんだが……。
ついでにもうひとつだけ言っといてやろう」
一拍置いて辺りを見回す。そして師範が俺を諭すような雰囲気で語りかける。
「今回みたいに自分のやったことは自分に戻ってくるものなんだ。だがそれは別に悪い方向だけのことじゃない。
良い方向にだっていくらだってそれはあるんだぞ。 それ、お前ら今まで考えたことがあるか」
ただ耐えるだけだった不良五人組の顔に何か別の表情が浮かぶ。
「真面目に生きる必要はない、別に法を破っても構わない。
ただ自分の行いが他の人にどんな影響を与えるか、それだけを考えろ。
賢くなるな、馬鹿になれ。
賢くなればズルをする。人を利用する。人の幸せを損得で測るようになる。ろくな事にはならない。
馬鹿で良い、ひたすら愚直に人の幸せだけを考えろ。
結果それが全てお前らに帰ってくる。
分かったか?」
五人組は無言でひたすらコクコクと頷いている。
「まあまた馬鹿なことしたらこいつをばらまけばいいだけなんだけどな。
まあいい、もう行って良いぞ」
そう言うと五人組は全力で服をかき集めその場から走り去っていく。
「…………あいつら服ぐらい着ていけばいいのに」
****
その直後のことだ。
ちょっとした興味でここはどうなっているのか歩いて見回ってしいたところ嫌なものを見つけてしまった。
壁のくぼみと配管の隙間に黒いもやが漂っていたのだ。
「これはもしかしなくても瘴気だよな……」
もともと学校なんてものは若くエネルギーに満ちた若者が多く集まる場所だ。
当然負のエネルギーも多い。ここに瘴気が湧くのも不思議なことではないのだろう。
「放っておくか、でもここさっきのやつらのたまり場みたいだしな……」
脳裏にあの男の姿が蘇る。車にひかれて体中をぐちゃぐちゃにしながらも立ち上がっていたあの男の姿。
「あんなのでも、そんな風にはなってほしくないよな」
スマホで時刻を確認する。
授業が始まるまであと十分もない。
「やれやれや完全に授業遅刻だな」
自転車を飛ばして一旦家に帰る。
「雪姫、居るか?」
実際入るなりそう声をかける雪姫は壁にもたれるようにしてベッドに座り込み漫画を読んでいた。
「うむ? もう学校は終わったのか?」
「ちょっと力を貸してほしいことがあるんだ。
一緒に学校まで来てくれないか」
「だが断るのじゃ」
「……何で?」
「言ってみただけじゃ。
で、力を貸して欲しいとはなんじゃ?」
言ってみただけか。
というかもうそんなに読み進めたのか。はえーな。
「実はな……」
かくかくしかじかと俺は事情を話し始めた。
「にょほほほ、絡んで来た相手をタコ殴りにして裸に剥いてその写し絵を取ってついでに説教までくれてやったと、お主なかなかいい性格しとるの~」
「いや本題はそこじゃなくてだな」
「分かっておる。
だが現状では瘴気を払ってもまたそこに湧くかも知れんぞ。それでもやるのか?」
「全体の事は分からない。
だけど知ってる奴がああいう風になるのは見たくないんだ」
「……ふむ、良かろう。
ただしやるのはお主じゃ、妾は口を出すだけじゃ」
「俺にそんなことができるのか?」
「なぜ刀がお主を選んだと思っておる。
まずはそこへ連れて行け。実地で教えてやるのじゃ」
その後、俺は雪姫を自転車の後ろに乗っけて、来た道を急いで駆け戻ることになった。
雪姫ははしゃいでたけど俺は疲れたよ……。
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