GW2日目 後編
その後、へそを曲げてしまった雪姫のためにもう一本牛乳を買ってくるというハプニングはあったものの、不良三人組に襲われることもなくなんとか無事に学校を後にすることができた。
その後、雪姫にどこを案内するかなのだが、友達と出かけた経験もなくもともと出不精な俺には、この手の引き出しが極端に少ない。
雪姫も街を高台から眺めて学校に入り込んだだけで満足してしまったらしいので、とりあえず街をぶらつくというところに落ち着いてしまった。
まあそれでも雪姫が十分楽しそうなのでよしとしよう。
雪姫の姿は他の人には見えないため、途中一人で喋るおかしな子という様な胡乱気な目線で見られたりもしたが、 まあ日頃の評価からしたら大したマイナスでもないだろう。
やがて町の中心近くにある、少し猥雑な空気をまとった雑居ビルが立ち並ぶ一角を通りかかった時、雪姫が
「嫌な気配がするのじゃ!」
と言い出した。
「嫌な気配って何だよ?」
俺は尋ねるが雪姫はそれに構うことなく、猫が匂いを嗅ぐような仕草でスンスンと鼻を鳴らしている。
「こっちじゃ!」
そして駆け出す。
俺は慌てて後を追う。
また街行く人から変な目で見られたがこの際無視だ。
ビルの隙間のような道を走り抜けていくと、細い道が袋小路になっているところに行き着いた。
その奥に俺はおかしなものを見た。
もやだ、黒い霧状のもやが拡散することもなく一ヶ所に留まっている。
「何だあれ?」
俺が思わず呟くと、雪姫から
「ほう、お主も見えるか。……妾の依り代となる事で素養が増したか」
と返事が帰ってきた。
「あれは瘴気じゃな」
「瘴気?」
「この世に生きとし生けるもの全ての負の感情が集まり、地脈の歪みや気象条件などで条件の合った場所に淀んだものじゃよ」
「そんな漫画みたいなものが本当にあるんだ……」
「何を言うておる。こうして神が居るのだから瘴気ぐらいあるじゃろうて」
雪姫はそう鼻で笑いながら言う。
「それもそうか。で、あれどうするんだ」
「本来であればすぐに条件が変わり散ってしまうものなんじゃが、あれはちと集まりすぎな気がするの」
そんなことを話し合っていると 雑居ビルの通用口が開きくたびれたサラリーマンが一人出てきた。
俺は咄嗟に物陰に隠れる。
何故か人に見えないはずの雪姫も隠れる。
男は疲れた様子で煙草に火を付けると一服吸い込み、 ぶつぶつと誰ともなしに怨嗟の声を上げる。
「あの腐れ外道め、何がこっちの仕事もよろしくだよ。それはお前の仕事だろうがよ。
こっちは端からゴールデンウィーク中もサービス休日出勤で仕事こなしてんじゃ、先ずはそのぶんの給料よこせってんだ」
すると空気中に淀んでいた黒い瘴気のもやがタバコを吸っている男の方に吸い寄せられて行ったのだ。
そのあまりの禍々しさに俺は小さく悲鳴をあげてしまった。
やがて男はもやに包まれたまま二本目のタバコを吸い終わるとまた雑居ビルの中へ戻っていった。
「何だったんだあれは」
「負の感情同士は引き寄せ合う。
ならば瘴気が負の感情を持ったものに吸い取られることもあるのじゃ」
「それってあの人大丈夫なのか?」
「一度に吸い込む瘴気は限りがある。 だが何度も瘴気を吸い込み続けると、やがて理性を失い瘴気を吐き出すまで暴れまわることになる」
最近よくテレビのニュースで報じられている事件が脳裏を掠める。
「それって暴れてる時のこと後から思い出せなかったりするか?」
「よくわかったな、その通りなのじゃ」
「マジかよ……」
俺は頭を抱える。
「実は最近各地でそういう事件が頻発しているらしいんだ。
テレビのニュースでやってた」
「ほうあのてれびとやらはそんなことも伝えてくれるのか。
それにしても各地でか、フムー」
「やっぱりおかしい?」
「そうさなあ。さっきも言った通り本来であればすぐに散ってしまうものじゃ、それがこれほどに溜まり各地で実際に人が暴れだすほどの影響を与えている。
異常事態としか思えんのじゃ」
「異常事態って原因は?」
「うむ、考えられる所としては地脈の流れや気象の大規模な変化じゃ。
だがこれは富士の山が二つに割れて火を吹く程の天変地異を直近に伴うので余り考えられんの。
神々の手によるものとも考えられるが、そんなことをする理由がないしの少なくとも私は聞かされておらん。
もう一つはやはり人の手によるものかのー」
「そんな大それた事は人間にできるのか?」
「できんこともないのー。専ら古の人間どもはそれを瘴気を散らすのに利用しておったのじゃがな」
「なるほどね。で、結局原因不明って事か」
「まあそうなるのう」
「とりあえず今は放っといていいかな?」
「よいぞ、原因が分からぬ以上どうせ何かしてもまた新たな負が集まるだけだからの。
今はまだ何もせず見ておれ」
雪姫の言葉に従い俺達はその場を離れた。
雑居ビルの裏路地を抜け、大通りに出たところで雪姫が言う。
「うむ、もう十分楽しめたのじゃ!帰るとしようかの!」
「ああそうだな」
そして俺達が駅前に向かって歩き出した時だった。後ろから凄まじい絶叫が聞こえてきたのだ。
振り返ると先程男が入っていった雑居ビルの表玄関から黒いもやを全身に纏わせた人間が飛び出してくるところだった。
男はそのまま走ると車道に飛び出そうとした。
走行していた車が次々とクラクションを鳴らすが、暴走する男は気にも留めずに走り続け遂には反対側歩道に乗り上げようとしたその時だ。
猛スピードで走ってきたトラックが男を避けきれず男の体を大きく撥ね飛ばした。
男はのまま道路脇のビルに激突する。
俺は目の前で起こった現実離れした光景を呆然と眺めていた。
「あ奴、完全に理性を失ってしまったようじゃな」
雪姫がポツリと呟く。俺が我に返った時には男は立ち上がり再びフラフラと歩き出していた。
「なんだよあれ……」
「負の感情に飲み込まれた人間の成れ果てじゃよ。
普段なら少し発散すれば霧散してしまうものを今回は運悪く集め過ぎたのかもしれんな。
このままでは被害は増える一方じゃ。
仕方ない、終わらせてやるとするかの」
雪姫はそう言うと一瞬でその場から掻き消えたかと思うと数瞬の後にまたその場に現れた。
すると体をぐちゃぐちゃにしながらもふらふらと歩いていた男が膝をつきその場に崩れ落ちたのだ。
「……何をしたんだ?」
「ああなってしまってはもはや人としては生きられない。次行くべき場所に連れて行ってやっただけじゃ。存在が消滅したわけではない」
「……」
「これはお主が気にする類のものではない。
あの男は運が悪かった、それだけじゃ」
「ああ……」
「では帰るぞ付いて参れ」
そう言って歩き出す雪姫の後を俺は追うようについて行った。
****
無事家に帰り着くと時刻は十五時を回っていた。
「今日は色々あって疲れたのじゃ。
少し寝ることにする」
「おう、じゃあ俺は遅い昼飯でも作って食べるわ」
「うむ、お休みなのじゃ」
「おやすみ」
俺は台所に行き冷蔵庫を漁る
「なんだ牛乳しかないじゃん。
後で買い物行かないと駄目だな。
しかし何食べるか。
おっ、ホットケーキミックスがある。ホットケーキでも焼いて食べるか」
俺は材料を適当にかき混ぜフライパンで焼き始める。
「なんかこういう風に料理するのは久しぶりかもな」
そんな独り言を言いながら焼けるのを待つ。
「さっきのあの人家族とかいたのかな……?」
そんなことを考えていると甘い香りを漂わせホットケーキの第一陣が焼き上がる。
男の死に様が脳裏から離れず上の空でホットケーキを焼いていたが、ふとおかしいことに気付く。
いくら焼いても皿の上にホットケーキが積み上がらないのだ。
意識を食卓の方に向けると雪姫が黙々とホットケーキを頬張っているではないか。
「ちょ、それ俺の昼飯。
昼寝するって言ってなかったか」
「このような甘い香りが漂ってきて昼寝なぞできるわけがあるか。
妾は食わなくても生きていけるが旨いものは旨いのじゃ」
「おいこら待て人の分を食うんじゃねえ!」
こうして結局俺は昼飯にありつけないまま雪姫の食べっぷりを眺め続けることになった。
その後夕方になり俺は自転車に乗って商店街に食材の買い出しに向かった。
雪姫にも声をかけようかと思ったが おやつを食べて気持ち良さそうに寝ている姿を見て声をかけるのはやめた。 (何で神様が昼寝をするのか割と本気で疑問だ)
そしていつもよりちょっと多めに食料を買い込み家に帰る途中、立花骨董店の前を通りかかるとたまたま店から出てきた雪とバッタリ鉢合わせしてしまった。
「あっ、タカ君」
街の喧騒で書き消えそうなほどの声量で雪はぼそぼそと喋る。
「よ、よお店番か?」
「うん……ちょうどお店閉めるとこ。
タカ君はお買い物?」
「そうだよ」
「あ、あのもし時間あるなら少しお茶飲んでく?」
「いや、夕飯作んないといけないから」
冗談ではない、ただでさえ今日は色々あったのだ。
これ以上精神的負荷をかけてたまるものか。
「そ、そうだよね。
ごめんなさい気が利かないこと言って……」
「別に、こっちこそごめん」
気まずい沈黙がしばらくの間漂う。
「じゃあ……」
「あの!」
そろそろ帰ろうと切り出したら雪に遮られる。
なんだか今日は積極的だ。怖い。
「どうした」
「……今日この辺り歩き回ってました?」
げっ、見られてたか。
でも大丈夫だ。
雪姫の姿は他の人間には見えないはずだからな。
「 ああ、連休で暇だから散歩してたんだよ。
まあ交通事故に遭遇しちゃったり嫌なもの見ちゃたけどな」
「……そうですか」
「……そろそろ」
「……ごめんなさい!!」
そろそろ本当に帰ろうとすると雪がいきなり俺の胸元に飛び込んできた。
いや違う。これ匂いを嗅いでるんだ、なんかふがふが言ってるし。
「ちょ!? 雪、何してるんだ離れてくれ!」
俺はいきなりのことに混乱しながら片腕を突き出して雪を突き放そうとしたが、 雪はその腕をがっしりと両手で掴んでしまう。
そして手のひらを無理やり開いてじっと見つめながら、
「一人、いや二人? 良く分からない」
などと呟いている。
意味不明過ぎる。怖いよ普通に。
「あの、雪さん? さっきから一体何を?」
「タカ君?」
「な、何でしょう」
「タカ君昨日言ってくれたよね。私だけがお友達だよって」
「いやそれはちょっとニュアンスが違う……痛たたた!」
こいつ手のひらにおもいっきりツメを食い込ましてきやがった。何考えてんだ。
「言ったよね?」
「言いました! だからそれやめて!!」
俺がそう叫ぶと雪はパッと手を放して体の距離を少し空け
「タカ君……ごめんね変な事しちゃって」
と言いながら深々と頭を下げる。
体格差も相まってまるでこちらが悪いことをしているみたいだ。
「あ、ああ。もういいよ、それより俺もう帰るからな」
「うん。引き止めてごめんね。タカくん」
俺は素早く自転車に飛び乗りさっさとその場を後にすることにした。
風に乗って雪のつぶやきが聞こえてきた気がした。
「……信じてるからね。……タカ君」
なんかもう色々あって疲れ切って家に帰ると、何故か親父と雪姫が居間で座ってテレビを見ていた 。
一瞬ギョッとしたが雪姫に親父は気づいていないらしい。
「やっと帰ってきたのじゃ。
今日の夕餉はなんじゃ?
旨いものだったら妾の捧げ物にするのだ」
俺はその能天気な雪姫の顔を見て雪の呟きの意味を理解した 。
一人ないし二人って今日手を繋いだ女の子の人数じゃん…………。
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