GW2日目 前編
次の日、息苦しさで目を覚ます。
何故か雪姫が俺の体にひっつきながら寝息を立てていた。
「夢じゃ無かったのか……。昨日の事は現実かよ」
美少女と同衾するほど肝も太くないので、とりあえず起きて身支度を整えようと階段を下りると親父が朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「おう、起きたか。
休日なのに随分と早起きだな。珍しい」
「ああ……」
「顔洗ってこいよ。飯はできてるぞ」
「分かった」
顔を洗い食卓に着くとそこにはご飯とみそ汁に鮭の塩焼き、納豆といった純和風のメニューが並んでいた。
「いただきます」
「いただきます」
黙々と料理を食べていると親父が、
「これから朝のお勤めなんだが、たまにはお前も一緒にやるか」
と言ってきたがその当の神様が自分の布団でグースカ寝ているのを知っている俺は、
「……いやいい。神様へのご奉仕頑張ってくださいお父様」
と引きつった笑顔で言うのが精一杯だった。
「お父様? 何だ変な奴だな……。
ごちそうさま、後片付けはよろしく」
親父はそう言い残すと慌ただしく席を立った。
朝の早い父親の代わりに俺が食卓を片付けるのが、母親のいない我が家での決まりであった。
俺も食事を終え皿を洗い、洗顔と歯磨きを済まして部屋に戻ると、ちょうど雪姫が起きたところだった。
「うーん……朝か? お主はもう起きる時間なのか?」
「いや雪姫がくっついてたから目が覚めただけだ」
「そうかそれは悪いことをしたの」
「それより昨日の夜はどうして急にいなくなったんだ」
「いや何、お主も四六時中妾に付きまとわれていても気が滅入ると思ったまでじゃ」
「別にそんなこと気にしなくていいよ。
それにいきなり消えられる方が心配する」
「うむ……。すまぬ。
だが安心せよ、今度からはちゃんと事前に言うからの」
雪姫はそう言って少し寂しげに笑う。
「ところで今日は何をするんじゃ? またてれびとかいうのを見るか?」
「そうだな、特に予定はないけど……」
「ならばこの現世の事をもっと知りたい。外の世界に連れて行ってくれ」
「外に出るのは構わないけど、出て良いものなの?」
「多少なら問題ないのじゃ。
昨日かれーを食して神力も少し回復したからの」
「本当かよ……」
「うむ!」
「なら行くか」
「うむ! では早速行こうではないか」
「いや待て、まださすがに早いぞ」
「左様か、ならばこのまんがとやらを読んで時間を潰すとしよう」
「好きにしてくれ。俺は境内の掃除をしてくるからな」
俺はそう漫画を取り出す雪姫に声をかける。
「うむ、大儀じゃ!!」
そう背後から雪姫の元気のいい声が聞こえてきた。
白衣に着替え境内を掃き清め部屋に戻る頃にはだいぶ良い時間になってきたので、雪姫に声を掛ける。
「そろそろいいか」
「うむ、いつでもよいぞ!」
「改めて確認するけど雪姫の姿は俺以外には見えないんだよな」
「そのはずじゃ。お主の力を依り代にこの世に顕現しておるからな」
「なら良い。
それじゃあ出かけようか」
「うむ!」
こうして俺は雪姫を連れて家を出た。
****
神社を出てしばらく歩くと商店街に出る。
ここに行き着くまでに雪姫は建物の高さには驚き、車には驚き付き従う俺はなかなか大変な思いをしていた。
「おお! これが人間の商いの場か。なかなか賑わっておるようじゃのう」
「休日の朝だからねこれでも少ない方だよ。普段は仕事に行く人や学校に行く学生が道を埋め尽くしてるし、夕方は買い物客ですごい活気だよ」
「うむ! よきかなよきかな」
そう言うと雪姫は目を細めて微笑んだ。
そしてふと思い出したように俺を見上げて言った。
「お主は神官としての務めは良いのか?」
「あー 、あの神社の神官は親父だよ。
俺も手伝いぐらいはするけどね。
俺はまだ学生だからね勉強してる段階だよ。
今日は学校も休みだし」
「そうなのかえ」
「それよりどこか見たいところはある?」
「うむ、まずはこの辺りで一番高い所に行きたい」
「ああ公園に展望台みたいなのがあるよ。
案内する」
俺はそう言い雪姫の手を引いて歩き出す。
雪姫は子供のようにはしゃぎながら、その手を掴む。
「お主には本当に感謝しているぞ。
こんなに楽しいのは初めてだ」
「そっか、俺もあんまり友達と遊びに行ったりとかしてこなかったから、こうやって誰かと出掛けるのは新鮮で嬉しいよ」
「そうか……。やはりお主とは仲良くなれそうじゃ」
雪姫はそう言うと俺に嬉しそうに笑っいかけるのだった。
それからしばらく歩くと目的の公園に着いく。
「ここだ。登ろうか」
「うむ!」
そう言って雪姫は元気よく返事をした。
展望台に上がると心地よい風が軽く汗ばんだ頬を撫でる。
「どう? 景色は結構綺麗だろう」
「うむ、実に美しい眺めじゃ」
そう言いつつ雪姫は眼下に広がる街並みに見入っている。
俺も隣に立って同じように街を見下ろすと、そこにはいつもと変わらない日常の風景が広がっていた。
「なるほどのう……。
今の人間は、この様な街の中で生きておるのだな」
「うん。そうだよ」
「妾が神として見ていた風景とは何もかもが違うのう……。
だが地上から見るこの世界はとても美しい……」
そう雪姫は何ともいえない表情で呟く。
そして時を忘れていつまでも景色を眺めるのだった。
二十分ばかりそうしていただろうか、さすがに飽きてきた俺は、
「なあ、そろそろ他のところ行かないか」
と雪姫に声を掛けた。
すると雪姫は一瞬はっとした顔を見せるが直ぐにいつもの表情に戻り、
「うむ、そうじゃの」
と頷いた。
「次はどこ行きたい?」
「うむ、ならばお主の通っているという学舎に行ってみたいの」
「学校か……、行ってもあんまり楽しくないと思うぞ」
「何故じゃ?」
「いやほら今日休みだから人も少ないし」
「そうなのか」
「……まあ部活中の生徒がいるちゃいるけど」
「部活とは何じゃ?」
「学校に通ってる生徒が集まって運動したり芸事をやったり、ある中から好きなものを選べるんだ」
「お主はやっとらんのか?」
ぐっ、痛いところを……。
「……やってない」
「なぜじゃ面白そうではないか」
「いや興味があるものがないって言うか、そもそもよく知らないっていうか」
「ならば今日行って覗いてみるのじゃ、そうすれば興味あるのも見つかるかもしれんしの」
「……でもな」
「ええぃ、つべこべ言わず案内するのじゃ!!」
「分かったよ……はぁ」
俺はため息をつくと雪姫の手を取って学校に向かうのだった。
****
校門の前で雪姫が立ち止まる。
「これが学校というものか」
「ああ」
俺はそう言って雪姫を伴って校門をくぐる。 校庭の脇を通ると野球部や陸上部がグラウンドを走り回っている
「ほう。なかなか賑やかにしておるのう」
「まあ今はテスト前じゃないしね」
「 テストとはなんじゃ?」
「日頃の勉強がどれだけ出来てるか確かめるもので、これをもとに成績を判定するんだよ」
「ほう?」
雪姫は、そう辺りをキョロキョロと見回しながらわかったのかわかってないのかわからない声を出した。
俺は校舎の中に入るととりあえず階段を上り四階にある自分の教室に向かう。
吹奏楽部が練習でもしているのかどこからか楽器の音が聞こえてくる。
「お、宍戸じゃないか。
帰宅部が休日にどうした?」
途中廊下ですれ違った別のクラスの一年生と連れ立った クラスメイトが俺に話しかけてくる。
「あ、ああ忘れ物だよ」
「ふーん。まあ良いや、じゃあな」
そう言いお互いすれ違う。
背後から先ほどの二人が
「誰だあいつ」
「クラスメイトだよ」
「知らない顔だな」
「まあ、目立たない奴だからな。
でも小学校の時五人ぐらい病院送りにしてるらしいぜ」
「マジかよ、やばいやつやん」
と話しているのが聞こえてきてため息が出そうになる。
そんな会話を聞き流しつつ目的の場所までたどり着く。
「ここだ。俺のクラスは」
「そうか、では入るとするかえ」
「えぇ!?」
雪姫は躊躇なく扉を開けるとスタスタ入っていく。
(まじかよ。普通はもう少し遠慮とかしないのか)
幸い教室には誰もいなかった。
休日なので当然と言えば当然だが。
「席がたくさんあるの」
「俺の席はここだ」
窓側の 1番後ろの席、こればっかりは運が良かったと言えるだろう。
隣の席は空席だ、一応籍はあるらしいがまだ一度もそこに座る奴の顔を見たことがない。
おかげで昼休みなどは疎外感が半端ない。
「お主はここでどのようなことを学んでいるのだ?」
雪姫が辺りを見回しながらそう聞いてくる。
「色々さ。読み書きそろばんに外国の言葉、走り方や武術みたいな体の動かし方に、歌や楽器なんかも」
「ほう、大したもんじゃのう」
「ああ、だけど友達の作り方は教えてくれないんだよ」
「そうかえ」
「うん」
それからしばらく無言の時間が続く。
その時間に耐えかねた俺は、
「な、何か飲むか? 買ってくるけど……」
「うむ、ならば昨日飲んだぎゅうにゅーで頼む」
「分かった、待っててくれ」
俺はそう言うと小走りで自販機へ向かう。
お金を入れてボタンを押すとガタンという音とともに牛乳パックが落ちてきた。
それを持って戻ろうとしたところで、俺は見覚えのある顔を見つける。
それはいつも休み時間に一人で本を読んでいる髪を三つ編みにした眼鏡をかけたクラスメイトの女の子だった。
「……あれは」
彼女は少し俯き加減で歩いており、時々視線を上げてあたりを気にするような仕草をしていた。
(何してるんだ?)
そう思った瞬間、彼女の方へと向かっていく影がある。
「おい、お前何してんだ」
ガラの悪い三人組の男達である。
「えっ? あっあの……ちょっと迷ってしまって」
「へぇ〜。こんな学校内でねぇ〜」
「ひっ」
男が一歩近づくと、少女は怯えたような表情を見せる。
(まずいな……。どうしよう)
その時俺はあることを思い出す。
少し前にこの学校の女子生徒が不良グループに襲われかけたという話を、そしてそのときたまたま通りかかった先生が助けてくれたと。
(よし……!)
俺は覚悟を決めると彼女たちの元へ急ぐ。
「ねえ君たち」
俺の声を聞いた不良たちが一斉にこちらを振り返る。
そして声をかけてきた者が冴えない男子生徒だとわかると一気に凄んで見せる。
「ああ?」
「その子嫌がってるじゃないか。放したら?」
「なんだてめえは?」
「ただの通りすがりだよ」
「なら引っ込んでな。今から俺たちはこいつを可愛がってやるんだよ」
「ひぃ」
女の子は真っ青な顔をしてガクガクと震えている。
「やめろよ」
「あぁん!?」
「聞こえなかったか? 俺はその子に乱暴するなって言ったんだけど?」
「こいつが俺達に挨拶をしてこなかったのが悪い。
だからこれは教育だ」
「そんな理屈が通ると思ってんのか?」
「うるせえな! すっこんでろ!!」
そう言いながら不良のうちの一人が無造作に腕を突き出してきた。
俺は、その男の腕を絡めとると背後に回り込み関節を極め片手で壁に押さえつけてしまう。
師範の剣術は荒っぽい。当て身に関節技、投げ技までも駆使する。
こんなチンピラなど素手でも物の数ではない。
「イテテテッ。てめえ何しやがる、放しやがれ!!」
「放さない。言って分からない者には痛みで教え込むしかない。
だからこれは教育だ」
「てめえっ!」
「調子に乗ってんじゃねぇ!!」
残りの二人がこちらに飛び掛かって来るが、俺は押さえ込んでいた男をそちらに向かって蹴り飛ばしてしまう。
三人はまるでボーリングの玉とピンの様にぶつかり合いその内一人は勢いよく吹っ飛び教室の扉にぶち当たる。
その隙に俺は、女の子の手を掴み走り出す。
「今のうちに逃げるんだ。走れ!」
「えっ?」
「いいから早く!!」
「はいっ」
後ろでは倒れた不良達が立ち上がりこちらを追いかけてくる。
「待ちやがれてめぇ!! ぶっ殺すぞ!!!」
「あんまり舐めてっと痛い目みるぜぇ!!」
俺は彼女を庇いながら必死に逃げ何とか職員室に逃げ込む事が出来た。
事情を教師に話すと生活指導の教師が物凄い形相で走り出して行ったのであいつらも取り敢えずは諦めるだろう。
ひとごこちついた俺は、一緒に逃げてきた女の子に話しかける。
「ふぅ……。何とかなったかな」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気をつけるんだよ? ああいう奴らはどこにでもいるんだから」
「はい、ごめんなさい」
「じゃあ俺はこれで……」
「あっ、あの……」
「何?」
「同じクラスの宍戸君……だよね」
「そうだけど」
「私、柴田明美って言います」
「柴田さん?」
「ううん、明美で良いよ」
「分かった、俺も孝之でいい」
「分かったわ。
それでね、さっきの事なんだけど」
そう言うと彼女は少し頬を赤らめる
「孝之君って強いんだね。
びっくりしたゃった」
「あー。昔、武道をちょっと齧った事があって。
でもまぐれだよ」
「ううん、本当に凄かった。
怖かったけど、ちょっぴり本の登場人物になったみたいで楽しかったかな……」
「ははは、そりゃ良かった。
それじゃ俺はもう行くわ。忘れ物取りに来ただけだし」
「うん。またね」
「ああ」
そう言って職員室の扉を開けて廊下に出ると、そこには雪姫がニヤニヤと笑いながら立っていた。
さりげなく人気の無い場所に移動すると、黙って付いてきた雪姫が含み笑いをしながら話しかけてきた。
「なかなか面白いことをしていたではないか、お主」
「なんだ気づいてたのか?」
「すごかったの~。
大の男を三人も手玉に取って、
だがあれならこてんぱんに叩きのめすことも出来たのではないか?」
「出来たけど、それをすると奴らの目が柴田さんに向きかねないからな。
こっちに向かってくる分にはいくらでも対処出来るから」
「ほう、そこまで考えておったか。なかなかやるではないか」
「そりゃどうも」
「ところであの女子に下の名前で呼んでくれと言われていたが、呼んでやらずに良いのか?」
「……何か気恥ずかしいし」
「何とも初心な男よの、お主も。
まあ良い、それより捧げ物のぎゅうにゅーはどうしたのじゃ」
「ああ……ちょっと待って、……あっごめん。どっかに落としたみたい……」
「な、なんじゃと~」
雪姫の悲壮な表情に少し笑ってしまった。
やっぱり俺も緊張していたみたいだ。
不良相手か柴田さん相手にかは、自分でも分からないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます