6話 守るために、血は流れる
ヒズルは頬を緩めたが、ラージャの眼差しは硬い。
ヒズルには
入って来た男の薄い湯浴み着の下――心臓の近くには、刺し傷の痕がある。
彼も、試練を生き延びた者だった。
それに『
ヒズルは髪を後ろに撫で付け、軽く頭を下げて「こんにちは」と言った。
だが――ラージャは無言で、ヒズルと自分に数回ずつ掛け湯をする。
「おい、石鹸を流したら出るぞ」
「でも、蒸し風呂の……あれ、やりたい」
ヒズルは、岩椅子に固まれた炉を指す。
「桶の水を石に掛けるんでしょ? 面白そう」
「面白くねえよ」
「……反省はしてる」
男は気まずそうに二人に近付き、手桶を取って汲んだ湯を膝に掛けた。
「あの時は悪かった」
「よく言えるな、人さらい野郎が!」
「もういいよ、ラージャ」
ヒズルは押し止める。
「気持ち良くお風呂に入らないと、お風呂を用意してくれた人に悪いよ」
「……けっ、そこを突くか」
ラージャは体洗い布を引き摺り、岩椅子に布を掛けて座った。
ヒズルも彼を真似て、横に座る。
たちまち蒸気が立ち昇り、薬草の匂いが広がる。
額から汗が滲み――それが心地良い。
残っていた疲れも、汗と共に流れ落ちて行くようだ。
「……長湯は体に悪い。出る前に、そっちの浴槽の水で体を冷やすんだ」
男は湯桶に石鹸を溶かし、それを体に掛け、湯浴み着の上から体を擦る。
ヒズルは素直に礼を言い、訊ねた。
「あの……お名前を訊いても良いですか?」
「……カイル・マグダレンだ。知ってるだろうが、大気の魔導を使う」
「……カイルさんですね。一緒だった女の人は……」
「ベルディタ・オリーナだ。今は『ミカギ様』のお世話をしている」
「怪我は……良くなりましたか?」
「……君らの仲間に、手首を切断されたけどね。『ミカギ様』がくっ付けてくれた。この岩窟から出ると、付けた手首が腐り落ちるそうだが」
「何だ、それ……」
ラージャは驚き、思わず問い返す。
魔導による治療術など初耳である。
おとぎ話では、魔法で傷が治ったり、死者が蘇ったりする。
だが現代の魔導術には、それらは存在しない。
大気・炎・地・水――いずれも、攻撃や索敵に特化した術ばかりだ。
魔導師とは、生きた『魔剣』にも等しい武器だ。
「……
カイルは湯浴み着の裾を絞り、二人の向かいに座った。
ヒズルは身を乗り出し、ラージャは腕を組んで睨む。
「けっ、素直な良い子ちゃんになって不気味だぜ。巫女さまに尻を叩かれたか」
「叩かれるのも悪くない……」
カイルは目を伏せた。
祠で出会った時とは、別人のようだった。
自信に溢れていた言動が消え失せている。
「人さらいに失敗して、
ラージャは、なおも憎まれ口を叩く。
「こいつは、オレ同様の『試練』を乗り越えた時に、才能を見い出されて
ラージャの辛辣さは止まらない。
怒っている理由が分かるだけに、止められない。
ヒズルは、蒸し風呂を試したいと言ったことを後悔した。
自分を助けようとしたラージャと、一切の反論をしないカイル。
どちらも嫌いになれないだけに、いたたまれない。
間に挟まれ――困惑し、ふと思う。
ラージャは、兄弟子のユーウェンを
それがバシュラールかマリーレインなのかは、未だに分からない。
二人とも、否定も肯定もしない。
どちらであっても、ラージャに取っては同じことだろう。
白い髪の異形の存在――。
だが、彼らを『敵』と考えて良いのか――
熱気の中、ヒズルは考え込む。
バシュラールたちの存在は、世界の均衡を崩す。
彼らを元の世界に帰すには、人間の魂を集めて異界への道を開けるしかない。
だからバシュラールたちは『
魔導師たちは、『
(……好きで殺してる訳じゃない……)
ヒズルは、膝に置いた『
バシュラールは、カラクレオ村の人々には手を出さなかった。
『
あと、どれぐらいの人間が犠牲になれば、彼らはこの世界を去るだろう?
自由な人々に手を出さないのは、その時のためでは?
その時のために、無闇な殺害を避けているとしたら?
生き残った人間たちの、新たな時代のために。
魔導師たちが、エオルダンの森を破壊しないように。
森を破壊して、貴重な種の絶滅を避けているように。
生きるために
世界を生かすために戦っている。
バシュラールたちは人を殺し、魔導師は人を守ろうと身を呈する。
守りたいものは同じ。
それ故に擦れ違い、血が流れ、慟哭は風に呑まれる。
ヒズルは目尻を拭った。
すると――頭がふらついた。
ラージャの声が遠くから響き、カイルが立ち上がったのが見えた。
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