4話 岩窟の民
心地良い香りが、秘めやかに流れる。
太陽と花の匂いだ。
岩の中なのに微風は循環し、横長の細い小窓から光が射す。
ヒズルは二度の瞬きし、覚醒し、天井を見上げた。
ゴツゴツした天井には、黒い染料で描かれた線画がある。
四本足の動物と、それを追うズボン姿の人。
ズボン姿の人の後ろには、スカート姿の人。
その後ろは、スカート姿の小さい人が二人。
その後ろに、犬と思われる小さい動物。
「……こんにちは」
ヒズルは挨拶し、『
岩の中の小部屋は、大人が六人は寝られる広さだ。
天井も高く、圧迫感はない。
一家四人が、ここで寝たかも知れない。
娘たちが、犬と遊んだかも知れない。
寝返りを打つと、腕を広げて眠るラージャがいる。
藁を積んだ寝床は、床の冷たさは這い上がって来ない。
羊毛の上掛け一枚で、快適に眠れる。
明け方近くに岩窟の住人と出会い、ここに招かれた。
岩窟に入るには長い梯子を登るか、迂回路の斜面を登るかの二択。
スイレンは、下の飼育場に繋ぐことになったが――
「オレも回り道を行くぞ!」
ラージャは宣言した。
家屋三階ほど高さの梯子を登るのは、半日歩き続けた身には厳しい。
故にバシュラールは、三番目の選択肢を提示した。
「僕が二人を抱いて飛ぶ。異論は?」
その提案を享受したいヒズルは、肩をすくめてラージャを見た。
ラージャの頬はピクピク震えていたが――
すると、出迎えの青年は進言した。
「キャベツと小麦のスープが出来たばかりだ。温かいうちに食べて、体を拭いて
「……スープが冷めちまったら、作ってくれた人に悪いからな!」
……ラージャは踏ん
すぐにこの部屋に案内され、香草の香り漂うスープが出された。
夢中でスープを流し込み、濡らした麻布で体を拭き、寝間着に着替え、この寝床に倒れ込んだ――。
「……起きてたのか」
ラージャが声をかけて来た。
彼も目覚めたらしい。
「……うん。お腹すいたね」
ヒズルは身を起こす。
寝間着に付いた藁を払い、『
天井画がすでに記されており、ヒズルは指でなぞる。
素朴な線画だが、描いた人や描かれた人を思うと、心が軽やかに踊る。
「……どう思う?」
ラージャも藁を払い、立ち上がる。
「いつぞやの変態魔導師野郎までいたぞ? ヤバくねえか?」
「うん……」
ヒズルは曖昧に頷く。
カラクレオ村近くの祠で、自分を攫おうとした男だ。
先ほど再会した時は、男は顔を反らした。
雰囲気が、随分と変わっていた。
青年と同じ膝丈のチュニックとズボン姿だった。
「……あの女も、いるだろうな」
ラージャは苦々しく呟く。
「奴らは
「そうみたいだね……」
ヒズルは頷き、『
だが、魔導師たちを集める理由が分からない――。
「二人とも、目が覚めたかい?」
入り口の仕切り布の向こうから、声が掛かる。
迷路の中にいた自分たちを、迎えに来てくれた青年の声だ。
それは穏やかで、耳に優しい。
短めに切った髪は栗色で、瞳は藍色だ。
ヒズルは仕切り布を開き、挨拶をする。
「あの……お世話になっています」
今の時間は不明だが、昼を過ぎているのは間違いない。
下手をすれば夕方近いかも知れない。
「食事の前に、お風呂に入るといい。体を拭いただけじゃ、髪の汚れが落ちないし」
「お風呂があるんですか?」
「蒸し風呂だよ。レンガ貼りの風呂場に、焼いた石を置く。石に水を掛けて、蒸気を起こして汗を流す。小さい浴槽もあるから、髪も洗えるよ」
「はい……嬉しいです!」
ヒズルは、満面の笑顔を見せる。
昨日は半日以上も迷路を歩き回り、まだ疲れが残っている。
蒸し風呂なるものは初めてだが、温かい風呂に入れるのは心が弾む。
二人は清潔なマントを借りて肩に掛け、部屋を出た。
岩窟の回廊は曲がりくねり、ここも迷路のようだった。
すれ違う人の年齢は様々。
男性は帽子を被り、女性は長い髪を編んでいる。
着衣は、男性がチュニックとズボン。
女性は足首まで届くチュニックだ。
その上にチョッキを着たり、短いマントを着たり。
子供も数人見かけ、ヒズルたちの後を付いては去っていく。
「岩窟の上に畑がある。地下水を上に運んで、小麦や野菜を栽培している。下層には羊の飼育場がある。少ないが、ラクダもいる」
「ラクダ? 馬とは違うんですか?」
ヒズルは興味津々で訊ね、青年は応える。
「砂漠の横断に適した四本足の動物だ。君たちが過ごした部屋の、天井に描かれた動物だよ」
「……で、あんたの名前は?」
ラージャは、ぶっきらぼうに問う。
「……分かってんだよ。あんた、ここの『
「そうだ。私の名は『イドルフィン』。この岩窟を守る者だ。ただし、『
彼は、瞼を伏せて微笑んだ。
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