2話 隔たり

 突然の指名に、ラージャはの眉が吊り上がる。

「ケッ、気安くオレの名を呼ぶんじゃねえ、死神アンクウが!」


 だが、バシュラールは臆しない。

 ただ、事実だけを述べる。

「この地域で、魔導師が『結界』を形成している。強引に侵入できないことも無いが、その場合は自決する覚悟らしい」


「はぁ? いきなり物騒なことを言われても、訳が分かんねえよ!」

 ラージャも、聞き入っていたヒズルも戸惑う。

 まったく、状況が掴めない。



「この辺りの遺跡に、天上輪都市バルトゥスを去った魔導師たちが隠れ住んでる。仲間が、そう教えてくれたの。この先の結界の奥にね」

 マリーレインも立ち止まり、ツーテールの髪先を前方に伸ばしている。

 彼女も周囲を探知しているらしいが、ラージャは激高した。


「遺跡があるとは聞いたが、魔導師の話は初耳だぞ! いつ、仲間とやらに教わったんだよ!」

「五夜前に。キミたちが仲良く寝入ってる頃」

「早く言えよ!」

「早く言ったら、どうなるの?」

「……かっ、覚悟を決められるだろうが!」



 ――二人の応酬を聞きながら、ヒズルは『魔導書ベスティアリ』を手に取る。

 魔導師と死神アンクウは、相対する存在だ。

 ラージャの兄弟子のユーウェンも、バシュラールの手に掛かったらしい。

 そして、アルガの街も……

 けれど――


 街の最後の子供の自分が生き続けること。

 それが、アルガの女神たるテオドラの願いだった。

 たとえ、かたきに守って貰ってでも。

 

 

 ――敵を頼って生きること。

 ――敵を憎んで生きること。


 

 難題を天秤に掛けつつ、『魔導書ベスティアリ』をめくり――そして、新しい挿絵に気付く。

 それは、無数の穴が開いた岩山の絵だ。

 幾つかの穴には梯子が掛けられ、物を運ぶ人々が描かれている。

 挿絵の下には、こう記されている。

『カウラ岩窟。二千年以上前の先住民族が岩をり貫いて作った居住地。他民族との戦いにより、追い込まれた住民は岩窟を去り、何処いずこかに姿を消した』



「ここに書いてるよ!」

 ヒズルはスイレンから降り、『魔導書ベスティアリ』を差し出した。

「きっと、この先に岩の遺跡があるんだよ。見えないけど……」


 地平まで続く砂漠と夜空を差す。

 その方向に、挿絵と同じ景色がある筈だ。

 


「……訳が分かんねえよ」

 ラージャは同じ言葉を繰り返し、考え込む。

 

 ――天上輪都市バルトゥスを去った魔導師たち。

 ――『結界』を破られたら、自決する覚悟。

 ――それを伝えに来たのが、敵対している死神アンクウ

 ……自分の知らない景色が、目前にある。

 


 

キミ天上輪都市バルトゥスについて、どのくらい知ってる?」

 マリーレインが問い、ラージャはヒズルを垣間見――答えた。


「地・炎・風・水の精霊たちの力が交わる場所にある。女神の神殿があり、多くの魔導師たちが仕えている。オレみたいな端っこの魔導師は、近寄ることも出来ねえ」


「ラージャは、僕を助けてくれたよ」

 自らを卑下するラージャに、ヒズルは精一杯の微笑みを差し出した。

「炎の女神さまの祠で、僕のために戦おうとしてくれた……」


「……お前が、そう思うのは勝手だからな!」

 ラージャは、ヒズルの澄んだ赤い瞳から顔を反らす。

「で、魔導師たちの隠れ家に何がある? 宴会でも開くのか?」


「東の国の巫女が居るらしい。彼女が、ヒズルに会いたがっているそうだ」

 バシュラールは、事実だけを述べる。

 が、ラージャは驚愕して口を開けた。


「はあ? 東の国の巫女? それって、グ・シンの巫術師ナギか!?」

「知っていたか。君は、思ったほど物知らずではないらしい」

「けっ、性格悪いぞ、てめえ!」


 憤慨するラージャを、ヒズルは押し止める。

「あの……『グ・シンのナギ』って、どこかの巫女さま?」


「東の国の呪術師を『ナギ』と呼んだ」

 バシュラールが告げる。

「東の島国に存在した宗主国が『グ・シン』。そこの七人の『巫術師ナギ』が、我らを召喚した。東の国の巫女とは、その『巫術師ナギ』の生き残りらしい」


「嘘だろ? 七人の巫術師ナギどもが、てめえらを呼び出したのは三百年前だぞ。巫術師ナギ干物ヒモノが喋るってか?」

 

 ラージャは皮肉を言いつつも、かざした手のひらから炎を出した。

 それはランプのように、周りを温かく照らす。

 彼の魔導術に、ヒズルは感嘆の息を漏らす。


 その様子に、ラージャは少し自慢げに鼻息を吹いた。

「いいか、魔導師たちに興味があるだけだからな! そいつらが、何で干物ヒモノと一緒に居るか。それが知りたいだけだからな!」


「結界を抜けられるか?」

 バシュラールの言葉に、ラージャは大きく頷く。


「時間は掛かるけどな。結界は、大気の魔導師たちが造り出している筈だ。大気の層の壁を幾重にも張り、でかい迷路を作ってる。てめえら死神アンクウなら探知して抜けられるだろうが、それをやりゃあ、自決するって言ってんだろ? まあ、オレ様が迷路の出口まで案内してやるから感謝しろ」


 ラージャはやる気満々だが――

 ヒズルはスイレンの手綱にすがり、空と地の境界を眺める。

 

 炎のランプで、見えない迷路を抜けられるのだろうか?

 ほんの小さな不安を抱きながら――。

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