2話 カラクレオ村

 カラクレオ村は、西の大陸の東寄りの北方に位置する。

 人口は三百人ほどで、同じ規模の村は周辺に点在する。


 野菜や小麦を作り、川で魚を捕る。

 鶏を飼い、鹿やウサギを狩る。

 羊の乳でチーズを作り、羊毛を紡ぐ。

 亜麻も栽培しているが、収穫は少ない。

 木綿は、年に数度訪れる商人と物々交換する。

 

 五日を歩けば湖があり、夏には男たちが漁に出掛ける。

 さらに三日を歩けば海があるが、訪れた村人はいない。

 海から採れる塩は、沿岸の村の貴重な資源だ。

 塩、穀物、薬、魚、布、チーズ、麦酒やワイン。

 冬を越すため、村は資源を交換し合って生きる。

 

 

 ヒズルたちがカラクレオ村に到着して、六十夜が過ぎた。

 九十夜を過ぎて雪が溶けたら、再び東への旅路につく。

 滞在中は、村の仕事も手伝う。


 馬の世話は、八歳から十二歳の子供たちの仕事だ。

 荷馬は村の宝に等しく、大切に世話をしなければならない。

 

 今朝の馬当番は五人。

 チャザ、インガ、リーナ。

 旅人のヒズルと、羊飼いの息子のコー。


 羊飼いは、村と契約して羊小屋に住む。

 去年まで契約していた羊飼いは高齢のために引退し、代わって雇われたのがコーとその父親だ。


 けれど、コーは羊より馬が好きだと言う。

 だから、毎朝欠かさずに馬小屋に来て馬の世話をする。

 今朝も、コーは息を弾ませて馬小屋に来た。



「おはよう!」

「おはよう!」 

「おはよう!」 

「おはよう!」

「おはよう、みんな!」


 五人の屈託ない声が、薄暗い馬小屋に響く。

「さあ、今日も手早く済ませて、朝ごはんにありつこうぜ!」


 背の高いチャザが、拳を振り上げる。

 馬小屋には、三頭の荷馬とヒズルが預けているスイレンがいる。

 荷馬は、野生馬を捕まえた。

 スイレンよりも一回り大きく、がっしりして荷馬に向いている。


 

 馬小屋にも、火岩石かがんせきを並べた炉があり、中は暖かい。

 まさに、自然の神さまの恵みだ。

 五人は敷いてある藁を取り替え、フンを集め、馬に干し草や水を与える。

 馬たちは大人しく、スイレンもすっかり馴染んでいる。

 子供たちは白馬を見たことが無く、交代で乗って遊ぶこともある。

 スイレンは暴れることなく、子供たちを乗せて雪の上を駆ける。



「ホントにキレイな馬。ユニコーンみたい」

「妖精のお姫さまが乗る馬って、こんなだよね」

 インガとリーナはスカートを藁まみれにしつつ、スイレンに目を細める。

 ヒズルも、くわで馬たちのフンを残さずに集める。

 こうして、齢の近い友達と過ごすのは嬉しくて堪らない。


 それにしても――『シン』や『死神アンクウ』を知らない人々が居たことは驚いた。

 マリーレインが言うには――

「この大陸の北部沿岸地方は、東西の交易路から大きく外れてた。冬は長く雪に閉ざされ、名立たる王国は、資源の乏しいこの地方には手を伸ばさなかった。故に三百年前の戦いにも巻き込まれず、今も当時のままの暮らしが続いてるの」



(三百年……)

 ヒズルは、その年月を思う。

 三百年前にバシュラールたちは召喚された。

 そして、テオドラは住民たちと空に還った。

 月の里亭の人々は終わらない夢から覚め、眠りについた。

 エオルダンは、今も逃走を続けている。

 

 

 でも、ここは平和だ――ヒズルは、仲間たちを眺める。

 村人は働き、食べ、笑い、眠る。

 自分たちの楽の音に聞き入り、伝説の戦士の冒険譚に固唾を呑む。

 でも――世界が壊れたら、ここの人たちも消えてしまう。

 昨年の冬にお世話になった村の人たちも――。

 

 だから――壊さぬために、バシュラールたちは人を狩っているのだ。


 


「ねえ、ヒズルさぁ」

 コーが、ヒズルの背負う袋をつついた。

「どうしても、中の本を見せてくれないのかぁ?」


「ダメよ、コー」

 インガは、年下の少年を咎める。

「本は、ヒズルのお母さんの形見なのよ。それに洗礼式を行った僧侶さまに、誰かに見せたら災いが起きると言われたのよね?」


「うん、ごめんね」

 ヒズルは、肩をすくめた。

「絶対に体から離さないように、とも。だから、ずっと持ってるんだ」


「本当のおとぎ話みたい。東の良い魔女が魔法をかけたのよ」

 リーナは想像を働かせたが――上擦ったチャザの声がヒズルを呼ぶ。

「……おい、ヒズル。ラージャが歩いてる」

「え?」


 チャザと並び、押し上げた小窓から外を覗くと――ラージャの後ろ姿が見えた。

 帽子も被らず、擦り切れたマントで身を包み、村の外に向かっている。

 その姿は、かなり小さい。


「ごめん、追っかける!」

 ヒズルはくわを壁に立て掛け、駆け出す。


「バッシュさんに知らせるか!?」

 外に飛び出したヒズルを案じ、コーが叫ぶ。

 ラージャは家から殆ど出ない。

 晴天とはいえ、独りで村の外に出るのは危険だ。


「大丈夫、すぐ連れ戻すよ!」

 ヒズルは叫び返し、仲間たちに手を振る。

 ラージャを放ってはおけない。

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