間章 

ヒズルの日記(1)

 

 ◇◇◇◇◇


 

 ぼくがバシュラールと出会ってから、2回目の冬がきました。


 住んでいた街にバシュラールが来て、そして街は消えました。

 おとうさんや、おじいちゃんと住んだ家も、街の人たちも。

 でも、ぼくは生きています。

 街の『シン』のテオドラからもらった『まどう書ベスティアリ』を抱えて、旅を続けています。


 途中で、マリーレインと白馬のスイレンも、旅の仲間になりました。

 マリーレインは、本当のお姉さんのようです。

 いっしょに魚をつり、つゆだまを作ってくれます。

 

 スイレンの世話は、ぼくがやります。

 たてがみを手でといて、マッサージをします。

 顔が汚れたら、ぬのでふいてあげます。

 でも、スイレンはあまり汚れません。

 魔法の馬なのかもしれません。


 

 バシュラールは、たまにシカやイノシシの肉を持って来ます。

 ぼくとマリーレインが狩りをいやがるから、どこかで動物を狩って、肉だけ持ってきます。

 春ごろから、やっとなま肉を切ることができるようになりました。

 でもマリーレインは、さわるのをいやがります。


 

 ぼくたちは、東にむかっています。

 ぼくの住んでいた街は、西の大陸の左にあったそうです。

 東に行けば、何があるのか分かりません。

 でも、ついて行きます。

 『まどう書ベスティアリ』の空白をうめるのが、ぼくの役目です。

 街のみんな、テオドラ、ロセッティと月の里亭の人たち、エオルダン。

 出会ったすべての人たちのために。


 エオルダンとは、あれ以来会えません。

 でも、きっと生きていると思います。

 また、あの森に行きたいです。

 ヤギやイヌやネコは元気だといいな。


 

 エオルダンの森を出てから、ぼくたちは北に進みました。

 それまでは、大陸のまん中を通っていたらしいけれど、今は大陸の北はしに沿って進んでいます。

 

 北のちいきは、昔の戦争にまきこまれなかったそうです。

 もともと、しげんが少なく、人は小さな村を作って住んでいたそうです。

 王国もなく、そのおかげで北のせいれいは『シン』として利用されることがなかったそうです。

 今も、北には人の住む村があります。


 ぼくたちは、たまにそこですごします。

 バシュラールとマリーレインは、かみの色を茶色に変えて、ふつうの人間に見えるようにします。

 

 ぼくたちは、旅芸人のふりをします。

 バシュラールはたてごとをひき、マリーレインが歌います。

 ぼくも、バシュラールが作った笛で練習をして、少し吹けるようになりました。

 マリーレインが、昔の物語をきかせる時もあります。

 イゾルデ姫の恋ものがたりとか、騎士ものがたりとか。

 村の人たちはよろこび、村にとめてくれます。

 

 そうして、たべものをいただき、旅を続けています。

 バシュラールは、ぼくのからだを心配して、わざと人の住むところを進んでいると思います。


 でも、バシュラールは時々、いなくなります。

 そして翌朝にもどります。

 なにをしているか、だいたい分かります。

 ぼくは、何もききません。

 ただ、お帰りなさいとむかえるだけです。

 

 

 ひと月前から、ぼくたちはカラクレオという村で、お世話になっています。

 300人ほどがくらす村です。

 教会のそうりょさまから、羽根ペンとインクと何枚かの紙をいただきました。

 インクも紙もきちょうひんですが、ぼくの笛の音を気に入ってくれて、ごほうびにいただいたのです。


 でも紙を使うのはもったいないから、ためしに『まどう書ベスティアリ』に書いてみると、書きこめたのでビックリしました。

 でも、インクののこりを考えて、たまに日記をつけるだけにします。



 今日も、雪がふっています。

 ぼくたちは、村はずれの小さな家ですごしています。

 スイレンは、村の馬屋で、他の3頭の馬といっしょにいます。


 雪がひどくなったのに、ラージャは出かけています。

 ラージャは、朝はやくに家を出て、日ぐれに帰ってきます。

 

 ラージャは、まどうしです。

 夏のおわりに、ぼくたちの前にあらわれ、バシュラールとマリーレインをころすのだと言いました。

 仲間が、バシュラールにころされたそうです。

 ラージャは、それをして、バシュラールをさがしていたそうです。

 でもバシュラールにはかなわず、それ以来、ぼくたちについてきます。

 いつか、お前たちをころしてやると、こわい顔で言います。

 

 ラージャは、ぼくより少し年上みたいで、赤茶色のかみをしています。

 かれとは戦いたくないです。

 なかよくなりたいです。


 

 ドアをたたく音がしました。

 ラージャが帰ってきたみたいです。

 マリーレインが笑いながら、ドアを開けに行きました。

 ゆうごはんは、パンとカブとベーコンのスープです。

 人間のふりをしているバシュラールとマリーレインも、少しだけ食べます。


 ぼくとラージャは、ならんですわって食べます。

 同じベッドでねます。

 でも、くちをきいてくれません。

 さみしいです。


 ゆうごはんのしたくをてつだうから、ここで書くのはやめます。

 また、きかいがあったら書きます。



 ◇◇◇◇◇



 † 次章に続く…… †

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