4話 告解

「ぐあああああ~ん!」

 気の抜けた気合いと共に、マリーレインは斧を振り下ろした。

 ガコンと云う小気味良い音が響き、薪割り台に据えた薪木に斧の刃が食い込む。

 が、薪木は真っ二つにはならない。

 刃先は木の半分ほどまで食い込み、そこからビクとも動かない。


「うおりゃああああああ~!」

 薪木の食い込んだ斧を振り上げ、勢いよく薪割り台に叩き付けた。

 カコーンと云う爽快な音が響き、真っ二つに裂けた薪木は地に転がった。

 ダルメシアンたちは、尻尾を振って周りを駆け回る。


「んもう! 何で斧で薪割りしなきゃなんないのよ! 面倒メンドくさっ!」

「風呂に入りたいと言ったのは君だ」


 エオルダンは何食わぬ顔で言い、背後の湯屋を親指で差す。

「自給自足が我が家の鉄則だ。湯を沸かしたければ、自分で薪を割って焚け。だが、インチキは許さん。体力は無尽蔵だろう?」

 前髪を掻き上げ、『万能の髪の使用禁止』を暗に示す。


「……次、置きます」

 ヒズルは割れた薪を拾い、次の薪木を台に置く。

 マリーレインはブツブツと不平を零しながらも、斧を振り上げる。

 エオルダンの言う通り、この程度の労働で体力が削がれることはない。

 だが、髪を一閃すれば薪木など瞬時に切断できるのだが――


「あーん! 川で水浴びすると言えば良かったああああ!」

 マリーレインは、湯屋を恨めしそうに睨む。



「……ソバ挽きが終わりました」

 バシュラールは、裏の納屋から出て来た。

 エオルダンは軽く頷き、次の指示を出す。

「では、小麦の粉も頼む」

「分かりました」


 バシュラールは指示に従い、納屋に引き返す。

 製粉作業は、そこで行うのだ。

 小麦を漏斗型の木桶に入れ、鉄製の製粉機にセットし、ハンドルを回して木桶から落ちた小麦を石臼で粉砕する。

 百人を養うには水車の動力源が必要だが、ここでは無用のものだ。

 



「さて……ヒズルくん。ヤギの乳しぼりでもしないか? 南の空き地で飼っている。仔ヤギもいるよ」

 エオルダンに声を掛けられ、ヒズルは大きな目を輝かせる。

 『ヤギ』とは、チーズやバターの原料の生乳を出す動物だ。

 だが見たことはないし、『魔導書ベスティアリ』も、その姿を教えてはくれない。

 自分で学びなさい、と云う事なのだろう。


 ヒズルは立ち上がり、「はい」と元気よく返答した。

 知らないことを覚えられるのは嬉しい。

 動物を傷付けない作業なら猶のことだ。

 それに仔ヤギも見られる――。

 ヒズルの小さな胸は弾む。

 

 エオルダンは「昼食を持って来る」と言い、マリーレインにも指示した。

「あと十二本、割るんだ。それが済んだら、湯を沸かして入浴しても良い。ターオとペルテが見てるから、言われた通りにしろ」

「……ふぁーい、親方さまマスター

 マリーレインは二匹の犬に見つめられつつ、腰の屈伸を繰り返す。




 ヒズルは家に戻ってマントを羽織った。

 『魔導書ベスティアリ』を左手に、生乳を入れる手桶を右手に持つ。

 エオルダンも手桶と、お昼ごはんを入れた編かごを下げる。

 こうして、二人は南の空き地を目指す。


 

 少し歩き、振り返ると――もうエオルダンの家は見えない。

 高く伸びた木々の間を縫い、茂った雑草を踏みしめ、ヒズルは歩く。

 蝶が舞い、花粉を運ぶ蜂は巣を目指す。

 風は涼しく、枝が揺れる音は優しい。

 木々の隙間で鹿の影が動き――すぐに消えた。


 ふと立ち止まり、影を追うヒズルに――エオルダンは話しかける。

「君は、狩りが嫌いなようだな」


「……はい……まだ、やったことないです」

 置いて行かれないように――ヒズルは再び歩き出す。

「……でも、魚は釣れます」


「動物は無理か? 肉は食べてたのに?」

「……すみません。親子の鹿を見たことがあって……母を思い出して……」


 ヒズルは、左腕の『魔導書ベスティアリ』を強く抱く。

 一度も会うことなく、自分の一部となった『お母さん』。

 思い出すと、今も瞳が潤む。

 顔を観られまいと、俯いて歩いていると――エオルダンは立ち止まった。

 そして、こちらを見ずに言った。


「嫌なことをする必要はない。バシュラールたちに押し付ければいい。そのために、奴らはいる。奴らを利用しろ」


「え?」

 ヒズルは耳を疑った。

 エオルダンの主張は、かなり奇異で突飛な気がする。

 おじいちゃんやお父さんは、そうは言わないだろう。

 ましてや、お母さんは……


 けれど何より、エオルダンの言い方――

 バシュラールたちを「奴ら」呼びしたが、快く思っていないようだ。

 

 ヒズルは、思い切って訊ねてみた。

「……あの……バシュラールとマリーレインのこと……嫌いなんですか?」





「……同族嫌悪ってやつかな……」

 エオルダンは呟いた。

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