4話 戦闘

 金色の月は、天頂にある。

 銀色の星は、絶えず瞬く。

 流れ来た灰色の雲が――それらの光を遮った。


 

 陰鬱な群青の空の下――巨大な半円形の『魔堂』が鎮座していた。

 生者の目では、決して捉えられない『界』だ。

 それは周囲の景色に溶け込み、『魔堂』の内側を覆い隠す――。



 それを眺める者が、十八体いた。

 白い髪を垂らし、一定間隔を置いて佇む。

 人間を引き合いに出せば、十代半ばから二十代半ばの外見だ。

 みな端正な容姿だが――その表情は一様に無機質だ。

 瞬きもせず、唇も動かさず、石の墓標の如く動かない。

 長い髪だけが、吹く風に揺らいでいる。


 瞳が碧の者が、十五体。

 瞳が翠の者が、二体。

 残りの一体の瞳は、明るい紫紺だ。



〈……人口、一万九千三百七。『シン』は二体)

 『碧のベルディット』が、全員に伝える。


(『シン』の位置、都市中央部鐘楼。外周部の森。いずれも地下)

 『名もなき碧』の青年が、全員に伝える。


(魔導師は二名。鐘楼と森に一名ずつ)

 『翠のシグリス』が、全員に伝える。

 

 

 彼らが詠み取った情報は、瞬時に全員が共有する。

 数値に出さずとも、彼らは距離や高度・深度を理解する。

 どのぐらい進めば、敵に遭遇するか――

 どの敵を倒せば、『シン』に到達するか――



(二手に分かれる)

 『紫紺のパーマン』は指示を下す。

 この世界の『アンクウ』の指導者だ。

 複数の『シン』との戦いには、彼は必ず立ち会う。

 その外見は二十代半ばで、唯一の『紫紺』の瞳の持ち主だ。

 センターで分けた髪は直毛で、地面に付くか付かぬかの長さだ。

 濃い紫のマントで首から下をすっぽり覆い、最前列で『破壊の対象』を凝視する。



(『シン』が気付いた)

 『碧のバシュラール』が感知した。

(鐘楼の『シン』が接続解除、攻撃態勢。森の『シン』が防御態勢に変化)


(『シン』は、人間との接続を断った。障害となる人間は排除せよ)

 『紫紺のパーマン』は、『翠のシグリス』と『翠のイセルテ』に指示する。

 人間を直接殺害可能なのは、彼と『翠』の二人のみだ。

 人間の魔導師に召喚された『碧』は、あるじたる人間を直に攻撃できない。


 無言のうちに、彼らは二手に分かれる。

 

 『名もなき碧』の少年と女性、『碧のバシュラール』と『碧のリシャ』が『魔堂』の破壊を決行する。

 髪から弓を生成し、心臓部から生成した矢をつがえる。

 四者は同時に矢を放ち、それは正確に一点に命中した。

 『魔堂』の一部が裂けたが、直ぐに収縮し、元に戻るべく足掻く。


 矢を射た四者は弓を遺棄し、心臓部を押さえて立つ。

 心臓部の再生には、数秒の時間を要するのだ。

 その間、残りの者たちは裂け目に飛び込む。

 三人が同時に飛び込める大きさだ。


 彼らの目は、森を補足する。

 鬱蒼とした森には――鳥の鳴き声が響いている。

 それ以外、動くものは無い。

 空には、月も星も浮かんでいる。

 『シン』が映し出す、偽りの情景だ。

 

 森の中の小径の向こうに意識を向けると、街の陰が映る。

 街の中心に寺院の鐘楼。

 隣には役所と商館。

 明かりの消えた家で眠る人々。

 酔い潰れて、道端で寝ている男。

 朝課の祈りを捧げる修道士たち。


 彼らは、『シン』から切り離されたことを知らない。

 一時間以内に元通りに繋がれなければ……死ぬ。

 どのみち、助からない。



(シグリスは森の魔導師、イセルテは鐘楼の魔導師だ)

 『紫紺のパーマン』は指示し、自らは鐘楼に向かって疾走する。

 『碧のバシュラール』は『翠のシグリス』に追い付き、他の『碧』たちと森の底を目指す。

 生成した薙刀ナギナタを地面に打ち付けると。森の土が渦巻いた。

 森の木々が地面から引き抜かれて舞い上がり、轟音を発して空に吸い込まれる。

 土、落葉、花、昆虫、小動物――『シン』が創造した生き物が、幻に還る。


 鐘楼の鐘の音が、激しく唸る。

 その大音声にも、眠っている人々は反応しない。

 家々は静まり返っている。

 修道士たちも、意識を失っただろう。

 



「……死神めが!」

 少年の掠れ声が、虚空より滲み出る。

 真紅のマントを羽織った黒髪の少年が、彼らの前に出現した。

 彼は宙に浮き、肩で息をしている。

 未熟な魔導師だ、と全員が察した。

 空間を移動し、宙を浮遊するのが精一杯なのだろう。

 おそらく、十七歳に達していない。

 しかし――彼は、闘うために来た。

 死を覚悟して来た。

 

 故に『翠のシグリス』は躊躇しない。

 髪から長剣を生成し、少年魔導師の首を狙って飛んだ。

 両者には、齢の差は殆ど無いように見える――


 

 銀の閃光が過ぎった。

 『碧のバシュラール』は――灰塵に混じり、哀れな少年が空に還るのを見た。

 黒い髪と赤い血。

 それは、彼が連れて歩く幼い少年を思い起こさせる。

 彼の生まれた街の赤と黒の空――。

 彼の黒髪――。

 赤い瞳――。

 

 





 ――半時間後には、決着が付いた。

 二つの『シン』と共に、『魔堂』は消えた。

 暮らしていた人々も眠ったまま――天に召された。

 残ったのは、円形に切り取られた広大な荒地だけ――。

 

 

 使命を果たした『アンクウ』たちは、無言のうちに散会する。

 必要があれば、また集まるだろう。

 大都市を消す場合は、さらに多くの仲間が加わるだろう。



「……帰らないのか?」

 明けが近い空を見るバシュラールに、『紫紺のバーマン』が声を掛けた。

 彼はバシュラールより年長の外見だが――その話し方は、どこか幼さが残る。


「あなたは?」

「もう少し、ここに居る。彼らを弔いたい……」

 バーマンは紫のマントの中から――濃い紫色の表紙の分厚い書物を出す。


「ヒズルくんだっけ? 帰りが遅くなると心配するよ」

 バーマンは微笑んだ。

 戦いを終えた彼の髪は、腰までの長さに断たれていた。

 すでに去った者たちも、同様である。



「……帰ります。必要な時は、いつでもお呼びください」

 バシュラールは、瞼を閉じ――その姿を夜風に溶け込ませた。

 その様子を……イセルテは、遠くから見守っていた。

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