第3話

「おはようございます」


ドアをノックして中に入る。いるはずの図書委員が見当たらない。担当の子が忘れてしまっているのかもしれない。でも、鍵は開いていたよね。だから入ることができたんだし。不思議に思いながら、なるべく足音を立てずに移動する。受付の前を通った時、誰かの呟きが聞こえてきた。


「『ゲームの攻略本を入れてください』。はい無理、却下」

「『宇宙の本を増やして下さい。例えば、こんなの』。……4万!? 高すぎんだろ、却下」

「『好きな人に告白してもいいですか』。知らねえ。てか、図書室のアンケートに書くなよ。まったく」


誘われるようにカウンターの下をのぞき込む。地べたに寝転がってプリントの山を仕分けていたのは、同じ文芸部に所属する辰紀たつきくん。ぶつぶつ文句を言いながらも、真面目に仕事している。感心、感心! 邪魔しちゃ悪いと思い、声をかけようと開いていた口を閉じる。そのまま、後ろに下がって……。うわっ! 声にならない悲鳴と共に、危なく倒れそうになった。ここで足を滑らせるなんて。咄嗟につかんだイスのおかげで転ばずに済んだものの、大きな音をたててしまった。


「何してるんですか、春飛はるひさん」


のっそり立ち上がった辰紀くんが、こちらに冷たい視線を向ける。相変わらずクールだなぁ。彼といると、どっちが先輩でどっちが後輩か分からなくなる。


「何してるんですかって、聞いているんですけど」

「あ、ああ、えっと……」


どうしてだっけ。口ごもる私を、じっと見つめてくる辰紀くん。その目が私の抱える本に向いた時、本当の目的を思い出した。


「先生に頼まれて」

「あーはいはい。お預かりします」


ダメ、やる気が感じられない。「あの気だるい感じがたまらないよね〜」「塩対応、最高!」なんて密かに人気だけど、知ったこっちゃない。ほんのちょっとでもいいから、口角をあげてほしい。それだけで親しみやすさが違うと思うから。


「返却手続きするんじゃないんですか? こっちに渡して下さいよ」

「ご、ごめんごめん」


謝りながら、私は本を抱え直す。


「だから、渡して下さいって」

「渡す渡す。渡すから」

「早くして下さいよ。俺だってヒマじゃないんですから」


ムスッとした顔で、辰紀くんが手を伸ばす。ここは先輩らしく、ズバッと言わなきゃよ、春飛! すんなり渡してしまったら、辰紀くんの対応はずっとこのまま。いつかクレームが来てしまう! 謎の使命感にたきつけられて、私は本を後ろ手に隠した。


「あのね、辰紀くん。本を返す前に、聞いてほしいことがあるの」

「な、何ですか。改まって」


辰紀くんは目に見えて動揺している。これは自覚アリかな。それなら、あまり説教しない方がいいよね。軽く注意するくらいにしよう。何度か深呼吸して、辰紀くんの大きな瞳を見つめる。


「私、ずっと言いたかったの。でも、なかなか言えなくて」

「お、おう」

「辰紀くん、私……」

「ま、待って。俺が言うよ。言わせて」

「え?」


ん、どういうこと? 辰紀くんも私に不満があったってこと? 思っていた反応じゃない。辰紀くんはなぜか頬を真っ赤に染めているし、あっちこっちへ視線が泳いでいる。ふわふわした、落ち着かない空気が流れる。この雰囲気、恋愛ドラマの1シーンに良く似ている。告白する前の、あの感じ。そう意識し始めると、そわそわと落ち着かない気持ちになる。


「1回しか言いませんからね。……俺、春飛さんのことが」

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