怯える彼女をこのまま置いておくのも気が引けますが、私はこの作家の宿痾しゅくあとも言える野次馬根性に屈してしまいました。私はなるべく深刻な顔をして彼女に話しかけました。

「私も君の部屋の様子を確認してみようと思う。直ぐに戻るから大丈夫だ。待っていなさい」

 行かないで、と懇願する彼女を宥めすかして私は部屋を出ました。はやる気持ちを抑えつつ、彼女の部屋へ入りました。私は真っ先に彼女が話してた御札を確認しました。御札は窓の下の壁に貼られてありました。ベッドがそのすぐ脇に御札を隠す様に置かれている為、探ってみないとわからない位置にあります。この部屋には何かがあるぞ。その考えが私の心をくすぐります。そして音がするという窓に目をやりました。カーテンと窓を開き、外を見てみますと、なるほど確かに何もございませんでした。見えるものというと、風にふらふらと揺れる木の枝葉だけでした。生暖かい風がふっと吹きました。気味が悪いな、と思い私は窓とカーテンを閉めました。思ったよりも怖くなかったぞ、と拍子抜けした私は彼女の部屋を後にすることにしました。

 「何もなかったよ」と彼女に伝えてあげよう、そうするときっと落ち着くだろうなどと考えなら部屋を出ようとした瞬間でした。突然窓の方からばん、と叩くような音がするのです。そして女の笑うような声が聞こえます。気の抜けていた私は肝を冷やして自分の部屋へ転がり込みました。

 そんな私の姿を見て彼女は恐怖の色を顔に浮かべました。私は手が震えて鍵を閉めることすらできません。誰も入ってこないだろうと思い、そのままにしておきました。水を飲み、気分を落ち着かせました。平静を取り戻した時、ふとある疑問が浮かびました。それは先程の音を彼女は聞いているのか、というものです。もし彼女がその音を聞いていなければ、それは霊現象と考えた方が良いかも知れません。しかし音を聞いているならば、何かしらの自然現象と考えられます。

 早速私は彼女に質問をしました。幾分か落ち着いた彼女は元の聡明さを取り戻しておりました。

「君、少し質問があるのだが、大丈夫かね。先程、何か不審な音がしなかったかね。私は君も部屋へ行ってからなのだが」

「ええ、しました。私の部屋の方からばん、と大きな音が。何かを叩くような音でした」

 彼女の返答から私はある考えに確信を持ちました。それは窓を叩く音の正体についてです。窓を叩いていたのは外にある木なのです。止まない風に揺れる木の枝葉が窓に当たっているのです。それがあたかも人が外から叩いている様に聞こえていただけなのです。人の笑い声のような音もきっと風の音でしょう。私が彼女の部屋を出る際に鳴った大きな音も、丁度その時強風が吹いて鳴ったものでしょう。

 

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