99話 なにが願いか…②

「……そっか」


 ここで、人それぞれ幸せと感じるものは違う、なんてたいそうに演説をしてやればよかったのかもしれない。だけれど、なんだか嘘はつきたくないように感じた。それは通説であって、僕が信じていることじゃない。ここで嘘をついたら、きっとこの子は嘘だと感じ取ってしまうだろう。


「……それを知りたくて、僕はこんなことをしているのかもしれないね」

「そうなの?」


 僕にとってこれは、最初から与えられている環境だった。研究者で少しスピリチュアルが入っている両親、両性具有で生まれてきてしまった僕、僕のいうことに絶対に逆らわない弟のリト。神様ごっこを始めたのは、両親にそうやって育てられたからだけれども、じゃあ両親が僕を操っているかというと違う。むしろ両親が僕を信奉していると言っても過言ではない。それに、自分だってこんな体に生まれてきてしまったのであれば、他の人にはできない何かを成し遂げて死にたいという気持ちはあるのだ。それは、僕のような人間の啓蒙とかではなくて、もっと別のこと。別に僕は理解されたいなんて思ってない。相手がどう理解するかを知りたいのだ。


「そうだな、人はなぜこのようにできているのか……僕は明らかにしたいのかもしれない」

「……」

「人間社会はどうしてこうなっているか、僕のような神様はなぜいるか。個人がそれぞれの意思を持つのはなぜか。そもそも種が繁栄するために多様性が必要などというが、それは果たして真実なのか。考えてみれば考えてみるほど僕はまだ知らなきゃいけないことがある!」


 考えだすとワクワクとした感情が止まらなかった。ああ、僕は神様ごっこを娯楽として、快楽として、人が手駒のように動くのが面白くて行っていたけれど、だからこれが楽しいのだ。人はこうするとこう「答えを出す」仕組みを解明したい!!

 どうして植物にこんな猛毒があるのか、どうして人間を酔わせるような快楽物質が含まれるのか、それは自然界と人間社会をどう結んでいくのか、その果てが、見たい。

 様々な事象は本当に偶然から生まれたものなのか、科学的な必然があったのでは?もしくは文脈のような流れがあったのでは?すべてが断絶した偶然だと言うのなら、あまりにもこの地球という星は”できすぎて”いないか?ほら、本当に創造神なんてものがいるとするならば、じゃあ僕たちはどうして”こうなった”のか、挑んでみる価値はあるのかもしれない。そんな神秘的なものさえも、人為的な”仕組み”であるのだと明かしてやらねば。


 ━━━━だから、その答えを見るために、僕が導かなければ。


「ありがとう、ユウちゃん」

「なに?どうしたの」

「君のおかげで僕もやりたいことができた」

「そう!?それはよかった。リツの役に立てるなら、それは嬉しいから」


 そう花がぱっと咲いたような笑みをこちらに向ける。ああ、君は本当に純粋で可愛らしい。


「もちろん君も協力してくれるよね?」

「うん、もちろんだよ」

「ありがとう」



「リツ、何してたの?」

「ああ、リト聞いてくれよ。なんだか頭がすごくスッキリしてさ!」

「……そう」


 ユウトと一頻りしゃべり終わった後、奥の間から弟が顔を覗かせる。弟、といってももう身長は抜かされてしまったが。それでも顔立ちは僕とよく似ているし、何より眼鏡の奥の瞳がとてもきれいだ。少しずれた鏡のようで……男性として生まれてきた自分を見ているようで、僕は彼のことを見ているのがたまらなく好きだ。


「もちろんリトも協力してくれるよね?」

「……オンラインサロンの方はよく回ってるよ。資金もだいぶ回収できてるし……いいね、弱り切って何かにすがらないと生きていけない人間たちはよくいうことを聞いてくれる」


 彼はそういいながら、口元を歪ませる。昔から彼はお金のこととネットのことに関してはめっぽう強い。


「そう、それだよ!それを僕は解明したいんだ!」

「……ほんと、随分と楽しそうな顔してるけど」

「楽しいよ!楽しくて仕方がないさ!……人間を使って実験をして、僕たちはこの世界を解析して、どうやったら一人でも多くの人間が幸せと感じるか、そんな世界を作るんだ!多様な人間が、どうやったら統一できるか!どうやったらこの世界に満足するか!あはは!僕がやるんだよ!」

「……リツが楽しそうならなんでもいいよ」

「ありがとう、愛してるよ」


 そうだ、まずはなにからはじめよう。まずは僕が持っている植物たちを使った人体実験からだ。一人でも多くの人間に、快楽を感じてもらわないと。そのためには一人でも有用で多様なモルモットを準備しなければ。いうことを聞いてもらわなければ。この国を実験場にしなければ。……邪魔なものを、役に立たないものを、殺さなければ。まずは政治を解体しよう、そのためには海外にも進出しなければ。国境を破壊したらどうなるのだろう。文明を混ぜこぜにしたらどうなるのだろう。別のアイデンティティは生まれるのか?それとも分裂して対立するのか?流石に今すぐできるものじゃないから、今の活動を続けながら長期スパンで少しずつ、それこそ癌細胞のようにこの世界を侵食していくのだ。


「楽しみだね、実験」


 僕が全てを手に入れるんだ。僕が、僕が……


 ━━━━ごっこじゃなく、本当の神様になるんだ。

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