79話 壊れて、思い返して…②
「チーさん、来たんだ」
「いや、まあ知り合いだからな……むしろ今、入っちゃダメだったか?」
「いいよ。知り合いがくるって言ったら従姉妹さんが許可くれたから」
お骨を壺に入れ終わった後、チーさんが訪ねてきた。珍しく黒いスーツなんて着て、全く似合わなかった。きょろきょろとした後、なぜか集まってしょげているあいつらのほうを見ていた。
「あの子たちが兄弟か?」
「あー、うん。挨拶しとく?」
「いや、いいや……」
「なに、なにかあった?」
随分と落ち着きがなかった。しばらく困ったような顔をして、影のベンチに連れて行かれた。自販機でコーヒーを買って、渡してもらった。
「……部屋の件、ごめん」
「なんか、あそこじゃないといけない理由でもあったのか?」
「……事故物件だったから、もしかして住んでた家じゃないかって思っただけだよ」
あの時期に死んだ人間が自分の親じゃないかって勝手にこじつけて探しただけだった。親に捨てられたが本命だろうと思っていたけれど、死んでいる可能性だってあると思った。それに、あの記憶の中にある部屋も1Kの間取りをしていた。
「それに、警察の目から離れられる場所がちょっと欲しかった。……信用しきれてないっていうか」
「そっか……」
あの電話の次の昼、どう謝ろうかと思いながら折り返した。ちゃんと謝りたいけれどあんまり外に出歩くと危ないかもしれないから、葬式の日なら外に出られると答えた。そしたら、チーさんが応じて来てくれた。
「……あの黒髪の子、一個上の喧嘩ばっかりの兄貴?」
「あーうん、そうだけど。ミタカがどうかした?」
最近はむしろいうほど口論にはなっていない。むしろなんなら一番話している。
「……怖い話みたいになっちまうんだけどさ……その、ミタカくん?ってのと、そっくりな知り合いが、昔いたんだ」
「……なんの冗談?」
「別に冗談ここで言わねえっちゃ」
「オレ怖い話とか全く興味ないんだけど。なに?脅し?」
「驚かせようとしてるわけでもねえんだよ」
「いや、あの……さ……」
ますます意味が分からなくなってくる。まあ偶然昔の知り合いにそっくりな人間に出会うくらいなら、普通に生活していてもあり得ることだろう。だけど、それが二人もいて、それで同じところで生活している。身元不明の子供として。
「……その知り合いって、生きてる?」
「死んでる……ユキちゃんが亡くなる少し前だ。元々体弱くて、病死だった」
「子供、いた?」
「いいや、甥っ子と姪っ子はいるって言ってたけど……姪の方はアイちゃんたちと同年代だったと思うけど、甥の方は少し年が離れた兄ちゃんだったはずだ」
もしやミタカの血縁者が見つかったかと思ったのだが、やっぱりそんなに上手くはいかない。それどころかここまで来ると気味が悪いくらいだ。もしかして自分が幽霊かなにかなのではないかと恐る恐る下を向いたけれど、二本足はしっかりとついている。じゃあなんだっていうんだ。偶然にしてはあまりにも不自然すぎる。
「その人のこと、なんか教えてよ」
「そういうと思って、オガちゃんにいま調べさせてる」
「……手早いね……どこでアイツのこと知ったの?」
「ごめん、オガちゃんから資料見せてもらった」
「そういうこと」
尾方さんに調べさせていたのはオレだ。むしろとんでもないところからヒントが落ちてきたなと思う。むしろ謎ばかり深まっているのだけれど。
「なにかわかったら連絡貰えると思う。ごめんな勝手に動いて」
「あの人ほんと守秘義務がばがばの探偵じゃん。大丈夫なのか?……まあ、いいけどさ。オレには色々隠しておいて」
「アイちゃん?」
「例のユキさんっての、オレの母さんの彼氏だったんだって?」
「……」
明らかに気まずそうな顔をする。確かにオレも部屋の件についてはチーさんをだまくらかしていたのだから、彼のことを責めることはできないが。
「まあ、オレが気まずくなるから黙ってくれてたんだろうけど」
「……うん」
確かに母さんの彼氏とそっくりなんて言われたらこれまでの彼女との記憶をどう思い返せばいいのか心中複雑だ。いくら自分が無関係だろうと嫌になる。だけれど、オレはいまどんな小さな情報でも欲しかった。
「オレの存在が、チーさんのことも母さんのことも、悲しませてんな」
なによりもオレ自身よりも、そのユキさんとやらと知り合っていた人たちの方が穏やかではないだろう。チーさんだってオレを見てどう思ってたのかわからねえし、カオリさんだってそうだ。
「アイちゃ……」
「まあ別にオレに非はないんだろうけど……誰が悪いとかじゃないだろ。知らねえけど」
それに、こんなことにああだ、こうだ、と言っても何も変わらない。
「残念ながらオレはユキさんって人のガキでもないし、カオリさんの子供でもなかったけど。……そうだったら、本当によかったのにね。二人の子供さ、産まれなかったんでしょ?カオリさんはいるお墓の横にお地蔵さんあるんだって……赤の他人よりも、オレがそいつの幽霊か何かだったほうが、まだ良かったかなぁ」
そうだったら、誰も辛い思いをしなくて済む。
「ごめん……黙ってて」
「いいよもう」
オレがここに来る前に色々あったのだろう。色々と母さんの過去を知ることができたのは確かに良かったのかもしれない。尾方さんから書類でもらった経歴も、生の人間から語られる話も。ますます、自分がなんなのかわからなくなるのだが。それに自分だけじゃない、ミタカだってそっくりさんの故人がいるらしい。偶然にしては気味が悪いから何かしら裏があるのかもしれないけれど、現実的に考えるとただの偶然と位置づけるしかない。
「ミタカのそっくりさんってどんな人?やっぱり陰キャ?」
「大人しいけど話してみると面白い子だった。……確か、小説家だったかな」
「……なんだ、すごい人じゃん」
そんなの簡単になれる仕事じゃないだろう。チーさんもなんだかんだで人脈が広いものだ。
「……その子……浅間くんって言ったんだけど、まあ言っちまえばユキちゃんの知り合いだったんだよ。それでなんどか店来てて……仲良かったんだ」
「へぇ……その人の知り合いってことはあれ?病弱すぎて色々支援受けてたとか?」
「ご両親が介護必要だったんだって。家でずっと見てたんだと」
「ああ、なるほど。……てかそれ大丈夫だったの?逆縁になったんじゃ」
ユキさんが死ぬ少し前に亡くなっているっていうのなら、それでいて交流が続いていたというのなら、そのご両親を残して死んでしまったんじゃないかとふと考えてしまった。そんなことが起きてたなら処理だって大変だろうし、そして連続殺人事件に巻き込まれていたっていうなら、そのユキさんってのはそもそも冤罪掛けられる以前に耐えられなくなっててもおかしくない。そもそもその人の家だって、狙われたかもしれない。
「……一家心中」
「……え」
「巻き込んだ側か巻き込まれた末だったのか、オレは詳しいことは聞いてない。ご両親がそれで死んだ後に……牢屋の中で亡くなったって聞いてる」
10年前。一家心中。幽霊屋敷。作家。
『もう死んじゃったんだけどね、大人になったらどんな本書いてるか教えてくれるって約束してたから。なんとなく気になって書いてた本、探してるんだ』
「……ハルナ」
「どうしたんだ、アイちゃん」
「……叔父が作家で、死んでて、10年前に一家心中現場だったところを知ってるやつがいる。オレの一個上の、女子で……」
ミタカのことが、好きって言ってて。
「あいつ、何考えてんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます