80話 それでも、認められなくて…①

「本当に、変なことになってるなぁ」


 開いたのは動画サイト。例のアイカと警官のやりとりの音声の転載動画を開く。コメント欄に続くのは、その警官を批判するような声だ。

 動画投稿をしているチャンネル名と同じ名を名乗っているSNSアカウントが出てきたのが一週間ほど前。あの動画についてのコメントから始まり、なにやら社会批判の発言をひたすら繰り返している。刺さる人には刺さるようであっという間にフォロワーは増えて、アルファブロガーのようになっていた。


 別にそれ自体は自分たちに危害は及ばないので構わない。……構わないというより、だしにされたことは不快ではあるがそれを口にしたところでどうしようもない。あそこまで人気が出てしまうと下手に規制したところできっと火に油を注ぐだけだろう。ああ、SNSとか見る専門でよかった。余計なことには巻き込まれたくない。

 ただ、怖いのはあの音声を解析しておれたちの身元がバレることだった。それも含めてのホテル隔離生活だ。

 むしろ、ネット上にいる人たちがおれらの本当の身元を割ってくれないだろうか、それか偶然両親とか、親戚とかに見つかりはしないだろうか。……せめて、その連続殺人事件と、おれたちの関係だけでもわかってくれたら。……わかったところで、どうしようもないのだけれど。


 母さんの骨を焼いてから、おれたちはまたずっとホテルに隔離されっぱなしだ。犯人をおびき寄せるためか、携帯等は規制されていないけれどそれにしてもいつまたよくわからないものが送られてくるか、それどころか殺されるかもしれない生活というのはやっぱり恐ろしいものだった。

 暇だからと、ハルちゃんから送られてきたおすすめの電子書籍ばかり読んでいる。思えば最近高校の宿題と、機械いじりばっかりやっていたから読書の時間はあまりとっていなかったかもしれない。多少のリフレッシュにはなってくれるのだが、やはり不安が抜けるわけはない。


「……ほんと、きっしょいなこいつ」

「見ないほうがいいよ。気分悪くなるから」


 アイカも例のSNSアカウントを見ていたようだった。仰向けになりながら、端末をいじっている。彼もさすがに疲れているのか、ホテルにいる時は大抵布団の上でゴロゴロとしていた。


「……過去の宗教団体のことも、なんもわからないんだよね」

「知り合いに調べてもらってる。オレたちの身内が関係していたのかも含めて」

「このアカウントもさ、そのハナダって人の名前とか使って作ってるのかな」

「警察の方でも把握してるだろ、これくらい」

「そっか」


 警察の方で何かしら捜査を進めてくれてはいるようなのだが、特におれたちに報告もない。それどころか、母さんの時はあんなに取り調べを受けていたのにそれすらない。毎朝生きてるかのチェックをされて、夜にも見回りが来る。それだけだった。やっぱりあれは、おれたちが疑われていたということなのだろう。実際、母さんを刺したのはヒマリだったのだから、あながち間違いではない。何も聞かれなくなったということは犯人は外部にいる線でいま捜査をしていると思っても良いのだろう。

 ただ、問題はそのヒマリを誰が殺したか、だ。彼女の端末にはあの日の夜にベランダに来るような指示の連絡はきてなかったという。電話の着信履歴も真っ白。だからどこかで彼女と犯人は接触していた可能性がある。だから、小学校の通学路なんかも最近見回りをしているらしい。


「……暇」

「ゲームでもしたらいいじゃない」

「あんまり好きじゃないんだよな、やると疲れるし」

「そういうところ珍しいよね」


 まあ昔から、良くも悪くも彼は同年代の流行り物には食いつかなかった。おれと兄が永遠に昆虫や重機の図鑑を広げている様子を、興味なさげに見ていた。かと言って何が好きだったか、と言われると兄弟だというのにあまり答えられない。別に無趣味だろうがなんだろうが本人の好きにすればいいと思っているのだけれど、確かにこういう状態になってしまった時に苦痛かもしれない。


「英単語でも覚えたら。よく茶化されてるでしょ、金髪なのに英語喋れないって。……あれ悔しくなかったの」


 彼が小学校に入学したての頃はほとんど一緒に登下校をしていた。たまにアイカの容姿をそうやっていじってくるような奴がいて、大抵兄さんかナツメが退治してくれていた。


「喋れないのは事実だけど……まあ、このままだと学校の授業にも置いてかれかねないから、やってもいいかもな」


 そんなこと言いながら、彼は律儀にちゃんと自主的に勉強を進めていた。教科書を見ながら学校指定のワークをちまちまと進めていたし、外出した時に暇だからと5教科一冊ずつ受験対策の本を買ってきていた。偉いなと思うと同時に、勉強していたほうが気が紛れていいよな、と思った。おれは元から休みがちだったから、正直このままだと留年しかねない。なにか特例でも出してもらえたらいいのだが。


「何読んでたの」

「夕暮れの峠道っていう……走り屋が事故で亡くなった友達のために走りを捧げる……って話」

「ふーん」

「これ、多分ハルちゃんが好きな作家さんの別名義で出した本だと思うんだよね。文体とかキャラクターの喋り方が近いんだよ」


 最初は、おすすめの本に出てきてあらすじを読んで気になったから読み始めたものだった。車を題材にした小説なんてあまりないから珍しいと興味をもった。中身を読んでいるとしっかりと車が好きな人が書いた文章だった。エンジンとか、デザインとか、内装とか……ある程度知識がないとかけない描写があって読んでいるこちらとしてもそこそこ面白い。


「そういうの、わかんの」

「なんとなくだよ。普通だったらどこかに著者のプロフィールとか載ってるんだけど、この本は全然。名前と花の写真が一枚だけ」


 そこまでページを遡って、アイカに見せた。すると彼は、少ししかめっ面になった。

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