78話 壊れて、思い返して…①
曇り空の鼠色の空からは、降っているのかいないのかわからない程度の雨が落ちてきていた。
ただただ、上に流れていく彼女の遺体が燃えた煙が、雲の中にまぎれて行く様子を見ていた。
あれから2日後、突然彼女の遺体を焼くと告げられた。どうやら親族と連絡がついたらしい。親族と言っても従兄弟らしく、今は遠方に住んでいることから長く葬儀の時間は取れない。骨を焼いて納骨するだけのいわば直葬をすることになった。
葬儀に持っていきたいものや服があるなら取ってこいと、前一度最低限必要なものを取りに行ったきり、久々に施設と一時期暮らしていた市営住宅の中に入ることができた。現場を荒らさない程度に、母さんの部屋の中のものを探した。机の上に、一冊だけノートがあった。パラパラとめくると日記のようだったので、それを拝借して、自分の部屋を片付けて外に出た。
最近は学校にすら行けていない。喪服代わりに久々に袖を通した夏服は、すこし湿気っぽかった。
「今年夏服着るの初めてだね」
「お前こそ、高校の夏服最初に着るのが葬式とか、ついてねえな」
「……ほんとね。制服の採寸行ったときさ、母さん夏服のこのベスト似合うねって言ってくれてたんだよ」
ミタカの下ろし立ての夏服は、深緑色のかっちりとしたデザインをしていた。きっと、制服として用意はされているだろうが、実際あまり生徒は着用してなさそうだと思った。用意がされていても世の中そんなものだったりする。
警官が運転するミニバンに乗せられて、火葬場まで連れてこられた。先に到着していた彼女の従姉妹家族が出迎えてくれた。
「……今日はわざわざありがとうね」
「こちらこそ、お忙しいところ遠方からありがとうございます」
「……孤児の面倒見てるってちょっとだけ聞いてたけど、実際に会うのははじめまして。……」
彼女が一人一人の顔を見ている時に、オレの方を見たときだけ表情が少し固まった。
「あとで少しだけ、お話いいですか?」
「……ええ」
彼女は快く快諾してくれた。
焼いている待ち時間の間、外に呼び出した。玄関の屋根の下、後ろを振り向くと煙突から煙が見える。
「……一つだけ、聞いていい?」
「どうか、しましたか?」
「キミ……ユキさんの、馬場幸哉さんの知り合いだったりしない?」
「……っ」
まさかここで例の名前がでてくると思わなかった。なんで、カオリさんの親戚が彼のことを知っているのか。……接点があったとしたら、彼女の前の職場だろうか。どちらも安曇の福祉課の職員だったはず。
「……いや、ないんですけど。誰、ですかその人……」
『なぁ、頼むから。……同じ顔で、同じようなこと言わないでくれよ』
尾方さんのあの発言。”同じ顔”で”同じようなこと”、あの反応。明らかに何かを隠しているような彼の態度。するすると嫌な糸が繋がっていくような感覚がする。ただの従姉妹の同僚の名前がここででてくるか?
「カオリ姉ちゃんのね……彼氏さん。っていうか婚約者かな」
嫌な予感がぴったりとくっつく。ああ、だからあんなこと言ったのか。言ったらきっとオレが困惑するだろうからって、時期を見てその時までだんまりをこくつもりだったのだろう。……確かに、それを知ったところでオレは何もできないし、その馬場幸哉という男だって別に知りもしないのに。
「そんなに似てますか、その。カオリさんの彼氏さんと」
「……知ってるんだ」
「……偶然、知る機会があったんです。その人と、オレの知り合いが仲良かったみたいで……ただ、カオリさんと関係があるのは、知らなかった。最初に謝っておきます。……オレはその人……馬場さんとも、もちろんカオリさんとも血は繋がってないはずです」
「そっ……か……そうだよね」
彼女もきっと期待していたのだ。オレが彼らの子供じゃないかと。
「カオリ姉ちゃん、そのユキさんとの子供、妊娠してたんだよ」
「そう、なんですか」
そういえばそんなこと、尾方さんから聞いていたような聞いていなかったような気がするが、正直その彼と自分が似すぎていることの方が衝撃的で、頭からすっかり離れていた。
「……まあ、生きてるわけないんだけどね。これからあの子が入るお墓の横にある水子地蔵のところにいるし、生きてたとしても今10歳くらいかな。キミよりはちっちゃいはず」
「その、会ったことあるんですか?馬場って人と」
「うちの親に挨拶しに来たことあるんだよ。いまはもう足腰悪くして老人ホーム暮らしだから今日は連れてこられなかったんだけど。カオリ姉ちゃん両親事故で亡くしてて、うちでしばらく暮らしてたから私にとって本当のお姉ちゃんみたいなものだった」
両親の事故のことは聞いていた。それをきっかけに進学したであろうことも。
「急に男の人連れて返ってくるんだもん、びっくりしちゃってさ。そしたら結婚する、婿に入ってもらうって。最初は私も両親もびっくりしたんだけど、しっかりしてて優しそうな人だったからまあいいかってなって」
「そう、ですか」
「……ユキさんの遺体、返ってきたのかな」
「?」
「最後も看取れなかったし、色々事件性があるからって司法解剖してさ……ずっと返してもらえないって言ってた。そのうち転職して連絡とる機会も減って、どうなったのかことの顛末なにも聞けてなくて」
「返ってこない、なんてことあるんですか」
「さあ。知らないうちに共同墓地にでも持ってかれたのかな。……10年前の遺体なんて流石にもう保管してないだろうし。ユキさん実家と縁切ってたから、多分そっちの元に行ってるってことはないだろうし」
「そう、なんですね」
彼女の過去を知るたびに、自分の子供を亡くしておきながらよく他人の子供を預かっていたなと思う。そんなことをする前に、まず自分が幸せになるべきだろうに。
「……キミたちには関係ないだろうけどさ、もしなにかあってユキくんの骨が帰ってきたら、同じお墓に入れてあげてくれないかな」
「赤の他人がどうこうできることなんですか」
「どうなんだろう……そうだ、なにかあったらここに連絡頂戴。私の電話番号」
「……ありがとうございます」
そういって小さなメモ用紙を受け取る。彼女も似たような柄の文具を持っていたような気がする。
「本当に似てるから変な感じしちゃうな……キミがいてくれて本当に良かった」
「そう、ですか?嫌じゃないですか、親しい人によく似た別人と一緒に過ごすとか」
彼の写真を見たときから、ずっと変な感じがしていた。罪悪感のような心苦しさ。オレの顔を見て母さんは何を思っていたのだろう。思い出して辛かったんじゃないだろうか、亡くした彼の人のことを思い出して。落胆したんじゃないだろうか。
「もう、どう思ってるかわからないけど。家族になる予定の人たちを亡くしたカオリ姉ちゃんがさ、こうやって血がつながってなくても自分のことを思ってくれる子たちに囲まれて暮らしてたんだもの。……ありがとう、そばにいてくれて」
「……」
そんな感謝されるようなことじゃない。オレはむしろ彼女に迷惑ばかり掛けてしまったし、数えきれないほど嫌な思いもさせた。それでも、あの人はオレのことを受け入れ続けていた。
「感謝しなきゃいけないのは、オレの方です」
当人に伝えたかったことだというのに、もう、大気中に溶けていなくなってしまった。
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