46話 僕らは碌でもなく…①
アイカが部屋を離れてから、布団にあおむけになって端末を弄る。波縹なんて名字そもそも見たことがない。どのくらいいるのだろうと興味本位で調べてみると、やはり名乗っている世帯数は少ないようだった。
「このくらい珍しい名字だと身割れしやすいだろうな」
自分の「真崎」って名字はなんだかんだでいるらしい。これが実親からもらったものなのか、何かしらの便宜上でつけられたものなのかは知らないが、これを元に実親をたどれるかというとインターネット検索のレベルでは無理だった。流石に自分だって、実親がどんな人間だったのか全く興味がないわけではない。この体質が遺伝なのか、とかおれは体が弱かったから捨てられたのかな、とか考えることもある。ただ、今更本当の家族と生活したいなんて思えないから興味がないふりをしてきただけだった。それに、自分のことを捨てたような人たちを愛せるわけがない。自分の心の狭さは自分がよく知っている。笑ってごまかしてるだけだ。
画面を下にスクロールしていくと、隣町の大学で外部講師をしていた人間が引っかかった。私立のそんなに頭がいい大学ではないけれど、この辺にある数少ない大学なので、進学先の候補として高校に置いてあるリーフレットを見たことがある。 波縹正亨、名前からして男性だろう。現在はもう講師をしていないようで、今の大学のページに名前の記載がなかった。検索にかかったPDFには14年くらい前の日付が記されている。そのくらい前のHPのデータを引っ張り出せば、この人が何者なのかわかるかもしれない。過去のウェブサイトを表示できるサービスにURLをコピペする。アドレスなどは変えていないようで、14年前のページもなんとか表示できた。今のページよりもだいぶつくりが古い。
関係のありそうな学部からたどっていく。外部講師なので研究室のページなどはなさそうだ。めぼしい情報もないのではと思ったのだが、その波縹という男が教壇に立った様子のブログが見つかった。
『安曇市にある「あずみ植物園」の園長をしている波縹先生には、毎年この時期と後期の回で講義をしていただいています。都市計画と環境保護の観点から、植物園が存在する意義や外部の植物が持ち込まれることで起こる害、維持にかかるコストなどのお話を総合的にしていただいております。生活構想学部には、ここまで自然について熟知している教員はいないため、毎年面白い話を聞かせていただき、我々も勉強になります』
広報を担当している教授がつづった文章だろうか。しかし、安曇に植物園があったことが驚きだ。駅前のおしゃれなマンション街と国道沿いの商業施設が立ち並んでいるところしか栄えていないものだから、文化施設が公民館と図書館の他に存在していたことが驚きである。どちらも数年前に立て替えて綺麗だから、少しばかりは見栄えが良いが。
そのページを閉じないようにして、あずみ植物園と検索ボックスに入力する。どうやらずいぶん昔に閉園しているようだ、自分が知らなくても無理はない。かつて存在していた場所の住所がでてきたので、地図を確認する。
それはついさっき、取り調べの時に見せられた地図と全く同じ場所だった。
「……」
きっと、警察は波縹という人間がこの植物園を経営していたことを知っているから、あの場所を聞いてきたのだ。なにか関係があるかもしれないと思って。だけど、ただの元植物園園長と同じ名字だったからって、わざわざあの地図を出してくるのか?
ほかの検索結果も確認する。どんな植物園だったのか、いつ閉園したのか。画像検索結果には、個人のブログにアップされた園内の写真がいくつか表示される。一つ、信じがたい文字が視界に入った。
「なに、そんな顔してんの」
「ちょっとアイカ、これ見てよ!」
がちゃり、と音を立ててちょうどよくアイカが戻ってくる。自分一人で見る勇気がないので、アイカを自分のベッドに引き寄せて座らせる。
「なんだよ」
「地図、見せられたでしょ?」
「見せられた、あの変な跡みたいな……」
アイカの方に寄って、端末の画面を見せる。仕方ねえな、と言いたげな表情で画面に目を向けた後、しばらく言葉を失ってようやく口を開いた。
「……いやさ、これ、なに?」
10年前の記事。あずみ植物園に大麻取締法違反で捜査が入ったという内容が、検索結果に表示されている。ページを開くと、この記事は削除されていますと表示されてしまい、検索結果ページに表示される二行程度の情報しか見当たらなかったが。
「波縹って名字の人……下の名前は璃都じゃなかったんだけど、調べてみたら昔地図の場所で植物園を経営してたっぽくて、いま調べたら、これがでてきた。親族、じゃないかなって」
「キナ臭すぎるだろ、これ」
「偶然ってことは絶対ないでしょ」
「カオリさんとヒマリのことを殺して、あんな嫌がらせみたいなことをしてきた奴は、ここの人間だって名乗ってるわけか」
アイカは一瞬で状況を理解したようだった。なぜあんな場所の地図を見せられて、行ったことがあるか確認させられたのか、全てに合点がいく。
「そう……これ、新聞記事のWEB版だから多分、図書館の新聞アーカイブみたいなので残ってる可能性がある。調べる価値はあるんじゃないかな、警察だって捜査はやってるだろうけど、おれたちに開示される真実はきっと全部じゃない」
しばらく考え込んだ後、アイカは大人しくしていられなかったようで荷物をまとめ始めた。
「ミタカ、お前は図書館でその事件についてたどって来い、オレはちょっとツテをあたってみる。いまちょっと外出許可取ってくるから出る準備してろ」
「わかった」
パタパタとアイカが忙しなくまた部屋を出ていく。……どこかうれしかった。彼が、自分が調べたことを聞いてくれたことが、別行動とはいえ、一緒に調べようってなったことが。
ここに、母さんがいればよかったのに。いたら、きっと少し仲直りしたんだねって、笑ってくれていただろうに。
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