44話 進展は碌でもなく…②
「ねえ、録音したのは君たちのどっちかだよね?」
メールの送信者、及び動画の投稿者の情報開示よりも早く、音声データの鑑識が終わったらしい。オレの勘は当たったようで、それぞれの人物の音声の大きさや、物音から、この音はマオとカズヤがいた場所に録音機があった可能性が高いという。
「……」
そう無言で端末を見せてきたのはカズヤだった。
『警察が来たら常に音声を録音しろ、さもなくばお前の命はない』
「こんなの、送られてきて」
送られてきたメールアドレスに見覚えがあった。意味のない文字の羅列。先程のアドレスと全く同じものだ。
「脅迫……」
「だから、録音して、送った。ママもヒマリも死んじゃったから、次は僕なんだろうなって」
「それは、怖かったね……」
確かにこんなものが送られてきたら、素直に従うしかないのかもしれない。オレだってまだ子供だったら従うだろう。受信履歴と送信履歴は、そのメールと音声を送ったものの二つだけでほかにやりとりはなかった。
「これは、開示しないとわからないな」
「……」
とりあえず、後ろで手を引いているやつのしっぽは掴めたのかもしれない。そして、この脅迫を見る限りオレたちが狙われていると言うわけだ。じゃあ、何のために?……やっぱり、自分たちがなにかしら”普通”ではないと思うほかない。
昼を過ぎると、また捜査官たちが慌ただしく動き出したようだった。部屋で横になっていると、ノック音が聞こえ、ミタカが呼び出された。
例の動画は削除要請が通ったのか、大元は削除されている。しかし、警官の不祥事となると野次馬も多く、転載と削除のいたちごっこになっている。例の動画、なんて言葉で検索すれば、何も知らない人間たちの勝手な感想が見切れないほどに引っかかった。
『警官も警官だけど、相手してるのってガキ?親の顔が見てみたいわ』
『草 こんなガキ育てるために税金吸われてるのかよ、親はちゃんとしつけろよな』
大抵のコメントは、オレらの方を擁護する声が多かった。それはそうだ、最終的にこっちは暴力を振られているのだから、世論はそうなるだろう。そもそも子供相手にこんなに熱くなる時点で基本はドン引きものだ。ただ、中には逆張りをして注目をされたいのか、それとも本心からそう思っているひねくれ者なのかわからないが、なぜか関係ない彼女を責め立てる声があった。
「カオリさんは、何の関係もないだろ」
理不尽だ。死者はもう何も言えないと言うのに、だからって殴っていい理由にはならないだろ。そもそも、ここでこんな心ない言葉を書き込んでいる人間たちは、彼女が生きてようが死んでようが知らないし関係ないのだ。カオリさんは何も悪くない、悪いのはただただ気が短くて口の悪いオレだ。叩くならオレだけにしろよ、畜生。
端末を枕のほうにぶん投げる。ぽふん、と気の抜けた音がする。それがさらに馬鹿にしているようで、腹が立った。端末を壊すほどの勇気もないくせに、物に当たったってどうしようもないというのに。
しばらくしていたら、ミタカが戻ってきた。出た時よりもオレが荒れてるのに気がついたのか、少し引いている。
「……なんの呼び出し?」
「さっきのさ、あのメールの件。送り主、知ってるかって……いま多分マオが聞き込みされてる、そのうち呼ばれると思うよ」
「なんってやつなんだよ」
「おれは、全然知らない人だった。「ハナダリト」って人だって」
「……知らねえな」
今まで会ってきた人間に、そんな名前の人間がいた覚えはない。記憶力がないから忘れているだけの可能性もあるが。
「海外のサーバーからアクセスして、アカウントをとったみたい。その時に使われていた名前がそれだったって……ハッキングとか、しなかったのかな」
「どういうこと?」
「犯罪行為に使うためのメールアドレスを、わざわざ正当な手段をもって作ってるってことはさ、この名前には意味があるんじゃないか?ってこと。海外の追跡が難しいところからアクセスするくらいの知識を持っているってなら、アカウントを作るのだって別に名前入力とかのプロセス無視して作れると思うんだよ。というか、赤の他人のアカウントをハッキングして使った方がよっぽど労力を使わないと思うし、他人に罪をかぶせられる」
「それは、確かにそうだな」
明らかに日本人らしい名前のアカウントをわざわざ作って、こんなくだらないメールとくだらない動画投稿をするくらいの労力がかかっているということだ。作ったって言うなら、その名前だってなんらかの意図を持って登録名に使ったのかもしれない。
「……ただ、母さんが殺されただけなら。ただって言い方は変だけどさ……流石にちょっと怖くなってきたかも」
「お前のとこには、今のところなんもなし?」
「うん……というか、どこからおれたちのアドレスなんて持ってきたんだろうね。やっぱりハッキングかな……」
オレはその辺の知識は平均レベルだから、正直この状態になるとさらに身内への疑惑が強くなっていく。身内なら、使っているアドレスくらい知ってるだろう。
「てかそこまで詳しいとか、お前じゃないだろうな」
「嫌味にしては酷くない?おれがそういう人間じゃないことはアイカが一番知ってると思うけど」
「そりゃそーだな」
うちの中でその辺に詳しいのはミタカだった。昔から単純な造りの電気製品なら自分で原因を特定して直してしまうし、家のルーターやらなんやらの設定をしているのもこいつだった。12歳の誕生日プレゼントにはんだごてをねだったのはいまだにナツメがネタ扱いしている。
「ほんと、そのうちおれのところにもなんか脅迫文届きそうで怖いんだけど……」
「まあ、届いたところで安全なところに居れば死なねえだろ。何のためにサツが張り付いてるんだと思ってんの」
「そう、だね。でもさ、母さんはヒマリに刺されたんだろ」
「多分そうだって、捜査結果は」
凶器……包丁についていた指紋が最終的な判断材料だったようだ。元々、足跡の採取から彼女が刺した可能性は浮上していたようだったが、流石に小学二年生の女児が簡単に成人を殺せるわけないだろうということで、他の材料が見つかるまで保留していたらしい。肝心の包丁はどうやら下水道に捨てられていたらしい。よく指紋が採取できたものだと思う。
「……全部仕組まれてるのかな。やっぱり」
「じゃなきゃあんなにタイミングよくヒマリが殺されるか?あれだけぐちゃぐちゃで自殺ってことはないだろうし」
「……そんなに、酷かったの」
「皮膚の8割くらいが血濡れ。夜中だったからちゃんとは見てないんだけど、あんなもん照らしてみたいと思うわけねえだろ」
喉が渇いたからとシンクへ向かうと、冷たい風が入ってきたから不用心だな、と窓を閉めようとしたらベランダに鉄臭い赤黒いものが転がっていたのだ。慌ててカーテンを閉めて、部屋の明かりをつけて、ナツメを起こして。一瞬一瞬はなんとなく覚えてはいるものの、どこかはっきりとはしていない。
「確かに、そのくらいになるまで自分のこと刺してはられないよね……」
「まあ今回は密室じゃなくてベランダなんだ。外部の人間が乗り込んできて刺してきてもおかしくない。そもそもあの部屋は一階だし、簡単に入ってこれるだろ。オレやカズのところにメールが来たように、もしかしたらヒマリも脅されてたのかもしれないし。やった後メールを消せって言われて、とか色々考えられる」
「おれらの携帯、一度全部押収されたじゃん。その時に調べてそうなものだけど、流石にキャリアのアドレスは全部洗ってるんじゃないかな」
言われてみたらそうだ。カオリさんが殺されたときは一度携帯を回収されている。多分あの時の回収でなにか怪しいやり取りがあったら、オレたちの端末は常に傍受できるように設定でもされて返されていてもおかしくない。オレの元にあのメールがくるまで、特に何も聞かれなかったのだから、オレの携帯はあの時に特になにもされていないとみていいだろう。あの脅迫文が届いているのを確認したら、先にあの動画は見られているはずだ。
「特にヒマリなんかは多分母さんとの連絡しかしてないだろ?あんまり弄ってる様子見たことないし」
「それは、そうだな」
「警察でも追うことができないくらい技術があったらまた別だけど。メールの送受信履歴くらいは、端末から削除しててもすぐ復活させることできたと思う」
「お前、よくそこまで知ってるな。ハッキングでもするつもりかよ」
「捜査番組でそういうこと言ってたなってだけだよ。それにおれは情報工学よりも物理工学の方が好き」
「はいはい」
あたかもこの情報で自分を疑わないでください、という言い方で正直さらに怪しく感じてしまうのだが、ミタカがこの家で一番そんなことをする理由がない人間なのも確かだ。オレなんかよりもよっぽど白い。
それからしばらくして、また扉を叩く音が聞こえ、オレが呼び出される。
「この名前に、見覚えがあるかな?」
ミタカから聴いていた通り、そのアカウントに登録されていた名前に聞き覚えがあるか、というのが一番の聞き取りの内容だった。
「ないですね」
「じゃあ、ここに行ったことは?」
次に出されたのは地図だった。安曇の東南の端の方、あまり土地勘はない。
「そっちの方は全然」
「そっか……」
航空写真で見ると緑の面積が広く、一見山の中のようだがどうやらなにかの施設跡のようだ。
「ここ、なんなんすか」
「いや、知らないならいいんだ」
……聞いておいてそれは怪しくないか?しかし、まあなにか守秘義務でもあるのだろう。ご苦労なことだ。
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