44話 進展は碌でもなく…①

「……んだよ、これ」


 翌朝、目が覚めて端末を確認したら新着で届いていたメール。世界的に有名な某動画サイトのURLが貼ってあって、挙句の果てに「命が惜しければ大人しくしていろ」なんて脅迫めいたことが書いてある。


「けほっ……アイカ、どうかした?」


 物音で隣のベッドで寝ていたミタカを起こしてしまった。軽く咳が出ているあたり、あまり調子は良くないのだろう。まだ6時前、早朝も早朝なのであまり動揺させたくない。


「ちょっと、警察のとこ行ってくる」

「うん……」


 寝ぼけているのか、あんまり言葉の意味を理解してなさそうな返事が帰ってくる。まだ6時になってないから寝てろというと、安心したのかまたコテンと枕に頭を預けた。最低限人に会える状態に身支度を整えて、隣の隣の部屋の扉をノックする。ヒマリが殺されてから、次にまたオレたちの誰かが狙われてもおかしくない、ということで近くの部屋まで丸ごと借り上げて警官たちはオレらを保護兼監視していた。


「……携帯にこんなものが」

「ちょっと借りていいかい?」

「どうぞ」


 送付元アドレスは、一般的によく使われているフリーアドレスだった。なんの意味も持たなさそうな、大小の英文字と数字が羅列されたアドレス。もちろん見覚えはない。開示などをするためか、オレの携帯画面を警察が写真に収めていく。


「……このアドレスは本当に知らない?」

「知らないです。いかにもスパムっぽいアドレスしてますね」

「……URLは……偽物じゃなさそうだな」


 コピペしたURLを警察が持っているPCに持っていき、アクセスする。特に怪しいポップアップなどもなく、慣れ親しんだ動画サイトのページに移動した。どうやら本物らしい。ただ、投稿時刻が2日前だというのに、再生回数が150万回を超えていた。サムネイルは真っ黒で、タイトルもなにもついていない。


「どうせ君のことだ。このまま携帯を返したらこの動画、見るだろ?」

「そりゃ、そうですよ」

「再生するから、ちょっと待ってね」


 音量を少し調節して、再生マークをクリックする。画面は相変わらず真っ暗なままで、生活音のようなものが聞こえ始める。



『……任意捜査ってことでオレたちも協力してますけど。その割にオレを除いてこいつらに学校以外の外出許可が必要なのもおかしいし、オレのことだってつけてますよね?そこまでするなら拘留でもなんでも、したほうが良いんじゃないですか?』

『ちょっと……』


 あまりの驚きで心臓が跳ねた。聞こえている声とは違うけれど、これはまぎれもなく自分の声で、その後に続いたミタカの声で、これがあの時の音声だと確信する。


『てめえは黙ってろ……。犯人候補って思わるのは仕方ないと思ってます。けど、流石にいい加減にしてほしいし、またここから前と同じように過ごさなきゃならないんですよね?』

『ごめんね。君たちはまだ未成年だし、預かり手もいないから……』

「これ、オレがぶん殴られたときのやり取りですよね」

「……そう、だね」


 ちょうどオレの隣でこの動画を見ているのが、今音声が流れた警官だった。自分自身の声が流れて、本人も動揺しているようだ。


『ーーーも、ねえ、ちょっとやめて……やめてっててば』

『だって、そこまでしなくても』

『いいから……』

『嬢ちゃんもこうなりたいか?なぁ!?』

『ちょっとなにするんですか!?!?ーー!?ねえしっかりして!?』


 個人名のところだけ音声加工がされていて、個人が特定されないようになっているもののやり取りでなんとなく何を話しているかは十分わかるだろう。


「……どういうことだよ、これ」

「あの部屋に盗聴器の類は残されてなかった。あのやり取りを録音できるとしたら、あの場所にいた人間だけ」

「マジでいい加減にしろよ」


 ますます、オレたちの中に犯人がいるとしか思えなくなる。真犯人が外にいたとしても、これらの実行犯は確実に中にいる。別にオレだって身内を好きこのんで疑っているわけじゃないというのに、どんどんと身内を疑わざるを得ない状態に追い詰められていく。


「結世くん、君は本当になにも知らないんだよね」

「知ってたら楽ですよ……ったく、頭おかしくなるわ」

「……この中に、犯人がいる。君は知ってたんじゃないか?唐栗さんが……」


 疑惑の目がこちらに向けられている感覚がする。確かに、外からみたら怪しまれるような行動をしていた節はあるかもしれないが、あの状況は一般的に見たら外部犯よりも、内部にいる人間がやったと見てしまうのは仕方ないだろう。


「あれは、状況がそうだったから……そう思うしかないじゃないですか」

「それにしても、あの段階でキミはなんでそれを疑ったの?場に混乱を招くだけって、キミならわかりそうなものだけど」


 買いかぶりすぎだ。オレは全然そんなんじゃない。


「だって信用できないじゃないですか、どうしてここにいるのか、ここに来る前の記憶がなんでないのか、誰も答えてくれないんですよ。聞こうとするだけで悲しい顔されるんですよ?まるでオレが悪者みたいじゃないですか。なんか言ったら怪我負わされて、どう信用したらいいんですか」


 別に冷たい空間ではなかった。別に、他の家庭と比べて不幸だと思ったこともなかった。ただ、この家は”それ”に触れることだけは許されなかった。別に実の親に会いたいわけじゃない、帰りたいとも思ってない。捨てられたのか、保護されたのか、どこで見つけられたのか、そんなことすら自分はわからない。別に、後からバレる嘘だったとしても適当に「本当のご家族に捨てられたの」って言ってくれれば、オレはこんなことにずっと悩むことなんてなかったのに。


「カオリさんはなにかを隠してた。……勝手にオレはそう思ってます。だから、知り合いを使って自分の親を探してたんです。もしかしたら、それがカオリさんが隠していることかもしれないって思って。本当に彼女は何も知らなくて、オレたちのことを育てていてくれただけかもしれませんけど」

「……」

「別に、施設のやつらも、カオリさんのことも疑いたいわけじゃないんです。でも疑うしかなくなるじゃないですか……」


 人よりも薄情な自覚はあるが、だからと言って10年も暮らしているのだ。嫌だと思っていても、愛着を持っていないわけじゃない。だから辛いのだ、嫌いになれたら良かったのにと嫌いになる理由ばかり探して、そんな自分に嫌気がさす。


「さて、まず次はこれを録音していたのは誰か、を探さないといけないね」

「……音の方向的に、多分マオかカズです」

「わかるの?」

「声の大きさで、耳は結構敏感なんですよ。オレ」


 それに、あの状況で大人しく録音できるのなんてあの二人だけだろう。ナツメもミタカもパニックでそれどころじゃなかった。ポケットなどに録音機を隠していたら布がこすれる音が入っているだろうし、あの様子が演技だというのなら、俳優でも目指したほうがいい。


「まあ、鑑識にかけるよ。ただ、まずいなこれ」

「不祥事流出ですもんね」

「あー、だから近林さん捜査から外した方がいいって言ったのにな」


 あの横暴なやつは近林というらしい。別にオレが殴られる分には構わないが、それにしてもあれは酷いだろう。他の人間がどうやって取り調べを受けるのかは知らないが、あんなの出てきたら、人によっては白だというのに黒と決めつけられて言い返せなくなるだろうな。


「てか、こんなにべらべらオレにもらしたらヤバいんじゃないですか。口軽いっすね」

「……大人にも色々あるんだよ」

「まあ、いいですけど」



 携帯を返してもらって、しばらく部屋に戻っているように言われる。ホテルの朝食は10時までなら食べられるから、と言われたのは二度寝してもいいよという配慮だろうか。部屋に戻ると、ミタカが先ほどと同じように寝ていた。昔から寝顔がちっとも変わってなくて、なんだか腹が立った。どうしてお前は……変わらずにいられるんだろうな。

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