36話 つながる自我…②
案内された部屋は、写真の通り随分と立派な部屋だった。築15年ほど経っているはずだが、元からついている家具に追加してさらに色々と準備されているので、身一つで入居しても生活できそうな状態だった。二人で暮らすにはちと狭いが、落ち着くまでの仮宿なのだ。狭いくらいでちょうどいいのかもしれない。
「ただ、ちょっとこの部屋、問題がありまして……」
「事故物件、ってことですよね。それは知ってるから大丈夫です」
「えっ」
「チーさん、流石にちょっと街中から外れてるからってこの家賃は破格でしょ」
呆れかえったような声でアイちゃんに言われる。いや、確かに安いなぁとは思っていたけれど、それなら先に説明しておいてほしい。
「そうなのか?ってかアイちゃんそれでいいのか?」
「別に幽霊とか信じてないし、平気。兄貴にも許可は取ってる」
「んならいいんだけどよ……」
別にお金がないってんなら、足りない分は出してやるから少しでもいい部屋を借りたほうが良いんじゃないかと思ったけれど、余計な口出しかと思って取りやめる。そのまま事務所に連れて行かれ、契約を結ぶことになった。
「えっと……まあ、事件から3年以上経ってるんで、告知義務はないんですけど。ネット上で公開されちゃってるようなので、一応説明しますね。10年前にこの部屋に住んでいた住人が服毒自殺してます」
「……それだけ?」
「流石に個人情報に当たるのでそれ以上は」
「ま、そらそっか……チーさん?どうかした?」
「いや、なんでもね……」
10年前、服毒。
『睡眠薬大量に飲んで。……見つけたときはもう、ほとんど呼吸もしてなくて』
『……相当なんか追い詰められてたんじゃねえか?市販の安い薬じゃそうそう死ねねえはずだし、強い奴もらってたんだろうな』
『自殺だよ、自殺』
流石に、そんなことはないだろう。あまり受け入れがたい事実だが、この世に自殺する人はごまんといる。同じ市内に、同じころに死んだやつがいたっておかしくないはずだ。おかしくないはずだけど、引っかからないわけがない。
「……あと、ここにサインお願いします」
「あっ……はい……」
それからのことはよく覚えていない。ダラダラと説明を聞いて、何枚も書類を書かされて。明日からの契約で一ヶ月、アイちゃんが当たり前のように財布から契約料を出したのは流石に驚いたけれど。
「アイちゃん、これネットに出てんのか?」
「幼馴染がついこの間教えてくれて。事故物件載ってるサイトがあるんだって」
「あぁ……それはラジオかなんかで聞いたことあるような」
そんなものがあることは知っている。自分はビビりだから、見たことはなかったけれど。
「なんか安いからさ、気になって調べたんだよ。そこに、10年前に服毒自殺って、それだけ書いてあった。なんか他にも説明されるのかなと思ったけど、それだけだったね」
「……なぁ、アイちゃんはそんなこと、しないでくれよ?」
本当にあの部屋に住んでいたのがあの人だったら、また連れて行かれてしまうんじゃないかと、怖くなった。
「そんなことって?自殺?するわけないじゃん……なんか最近いろんな人に死ぬなとか言われるんだけど、なに?」
アイちゃんはそうやっていつもどおり小馬鹿にしたように笑う。
「あんまり心配されたくないだろうけどよ、みんな心配なんだよ」
「……」
「甘えてもいいとか、世話焼かれたりとかさ、色々言われて嫌にもなんだろうけど。オレはアイちゃんが元気なら何でもいいから」
気まずそうに顔をしかめて、肩が上下に大きく動いた。
「……はぁ……普通にオレは元気だし。大丈夫だよ」
「そっか。大丈夫じゃないときは言いな」
「そうするし、そうしてる」
今は一時、この子の言葉を信じよう。
その日の夜、どうしても確認したいことがあって、電話をかけた。
「もしもし、オガちゃん?」
『なんだよチーか、なんの用?お前のところの弟子っ子のせいで忙しいんだけど』
「あはは、ごめんごめん。でもアイちゃんには会えたから」
『あ?会ったのかよ。もう帰った?』
「帰っちゃった」
『一つ聞きてえ事あったんだけどな……まあいいや、で?要件は?』
「ユキちゃん、最後に住んでたところってどこ?」
『……なんで今更?確か駒山の方だったと思ったけど』
ついさっきまでいたところだ。まさかビンゴじゃないだろうか。
「……そ、っか。ごめん場所後で教えてくんねえすか?」
『あー、わかった。わかった……あ〜……これはチーに言っといたほういいかな。アイには言うなよ、関係ないから』
「んだ?」
『亡くなったお母さん代わり────────だった』
「……は?」
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