35話 つながる自我…①
いつものように朝にもなっていないような時間に起きて、店に向かう。電気の切れかけている街灯に照らされて、人がうずくまっているのが見えた。長い金髪、細っこい体。久々に見た姿はいつもよりもどこか覇気がなかった。
「……アイちゃん?なした?どうした?」
「…………チーさ……ん……」
オレの顔を見て大粒の涙をぼろぼろと流し始めたものだから、こっちがギョッとする。
「一回店さはいっぺ、な?」
体に力が入らなくなっているのか、全く立ち上がらないものだから手を引いて店に入る。落ち着くどころか、すすり泣く声はちょっとずつ大きくなっていて、ますます心配になる。……けれど、普段そこまで子供っぽいところを見せないからか、どこか安堵している自分もいた。それこそ、この子は保護者を亡くしたばかりなのだ。
ひっくひっくと泣いてばかりで、こちらが何を聞いてもまだまともに返事が返ってこない。どんどんと目の前にティッシュの山が積み重なっていく。このまま泣きすぎてしおしおになっちゃうんじゃないかと思って麦茶をだすと、今度は勢いよく飲んで咽せてしまった。
「アイちゃん、落ち着け?な?」
「げほっ……っ…………」
背中をさすってやると、少しずつ落ち着いたようだった。落ち着いたと言うよりか、泣き疲れてしまったのかもしれない。
「ごめ……っ……顔見たら……なんか……」
「そっか、そっか。アイちゃん大変だったな」
「……っ……」
どのくらい張り詰めていたのやらと心配になる。アイちゃんは基本的に人に弱いところを見られたくない子だった。体も大きいし、一見大人びて見えるけれど、ちょっと頑張りすぎてしまうところがある。元々の性格なのか、それとも怪我のせいで自分の状態が把握できないのかはわからない。多分どちらもじゃないだろうか。あの人も、頑張りすぎる人だったから重ねてしまっているだけかもしれない。
「ちょっと食べて、少し横になんな。そんだけ泣いちゃったら疲れたべ」
「うん……」
なぜだかは知らないけれど、アイちゃんはオレには結構素直だった。接していくうちに馬鹿の半グレ未満といてこの子の将来に悪影響じゃないか?とかいろいろ考えはしたけれど、それでも、口が裂けてもここに来るなとは言えなかった。家にいても苦しい子に、帰れというのは酷な気がした。それでも、オレよりもアイちゃんの家族の方がアイちゃんのことを真剣に案じているのはどこか伝わってきた。オレは所詮、この子にとっては他人なのだ。
「布団、自分でしけっか?」
「大丈夫」
泊まる時と同じようにずるずると布団をしき始めた後ろ姿を見て、厨房に戻る。冷凍していたご飯をチャーハンにして、おにぎりにして持っていってやると、ちょうど携帯を充電ケーブルに挿していた。
「やっぱチーさんの飯、うまい」
「いがったいがった。一眠りして起きたらちゃんとしたのつくってやっから」
「ありがと」
食べ終えて数分もせずに眠りについたようだった。明らかに血色が悪かったし、相当疲れているようだ。ああ、なんかこういうところもかぶるんだよなぁ。
一度だけ、ほんの一度だけ、アイちゃんを養子にできないかと思ったことがあった。家に帰りたくない様子を見て、心配になったのだ。けれど、実の親でもない前科者と暮らして幸せにできるのだろうかと、結局思いとどまった。それに軽く調べただけでも親代わりになってやるには条件が厳しかった。一度だけアイちゃんが兄ちゃんを連れてきたことがあって、兄ちゃんとの関係は良好そうな様子を見て、ここ以外にも居場所があるからオレの出る幕じゃないなと諦めた。
「アイちゃんにはさぁ、幸せになってほしいんだよ」
……あの子は幸せだったのだろうか。はたから見たら、これから幸せに暮らせるって時だったのだ。幸せになってほしかった。優しい子だった。いい子だった。ただ、顔が似てるというだけでそれを押し付けるのはよくないとわかっていても、重ねざるを得なかった。代わりとして見ていると言われてしまうし、自分でも自覚している。それでもこの子だけは、幸せにしてやりたい。
なんだかあまりにも心配になりすぎて、急遽店を休むことにした。今日はアイちゃんが落ち着くまで正直ちょっと気が気でなかった。それならいっそ自分もサボろうと思ったのだ。
「チーさん、ちょっと行きたいところあるんだけど」
「んだべ」
昼頃になって起きてきたから、カウンターで横に並んで昼飯を食べていた時だ。
端末で見せられたのは、ありがちな1Kのウィークリーマンションのページだった。どうにも、一人暮らし用のちょっと立派なマンションのうち数部屋をそのような形で貸しているらしい。その辺の地域の相場がどのくらいか全く知らないが、一か月で3万、光熱費込みというのは相当安いのではないだろうか。
「オレじゃ借りらんないから、チーさん、手伝ってくれない」
「急になしたんだ?」
急に部屋を借りたいと言われても、流石にうんとは頷けない。
「……兄貴がさ、今借りてる部屋でもめてるらしくて。……もし、事件のことが落ち着いたらオレと暮らしてくれるんだって。それまでの仮宿が欲しくてさ。ただ、オレはガキだし、兄貴は仕事忙しいしで内件とか、契約とかいけなくて。契約と名義だけでも、お願いできないかなって……」
「……事件の方は、落ち着いたのか?」
「殺した犯人は、わかったって」
「そっか…………お兄さんと暮らせるなら、まだいいかもな」
「うん」
これからどうなってしまうんだろうと心配していたから、その可能性が出てきただけでも多少なりとも安心した。お兄さんとは仲がいいみたいだから、少しは落ち着いて暮らせるだろう。
「行くなら今日の方がいいんだべ?」
「できれば……」
「わかった。ちょっと待っといてな」
ページに記載されている番号に電話すると、すんなりと見学の予約ができた。これで少しはアイちゃんの助けになれるだろうか。
「んしゃ、じゃいくべ」
「うん」
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