33話 纏まらない自我…②

玄関を土足で上がっていく。ハルナの持ってきた懐中電灯が頼りだ。中は案外普通の家で、ホコリこそ被っているが思ったよりも整理整頓されている。


「……」


 手前の方に和室、茶の間、そして奥に台所。引き戸が開いたままで部屋が繋がっている。台所が別の部屋、ということは一度リフォームをしているであろう、見た目の割にかなり古い家か。若い人が好き好んで住むとは思えないから、住んでいたのは高齢者だろうか。畳にはベッドか何か置いてあったと見られる脚の凹みと日焼けの跡が見える。そしてぽつぽつと血痕が残っていた。


「……アイちゃん。見ないほうがいいよ、血とか。特に今、見たくないでしょ」

「そうだな」


 流石に昨日の今日で連続して血を見ていい気分ではない。まあ、点滴を抜いた腕に、乾いて凝固した血の塊がついているけれど。それとこれとはまた別だ。


「こう見ると怖い話の特番ドラマのセットみたいだな」


 なんとも薄気味悪い。幽霊なんて存在しないと思っているが、それでも正直ここにずっと居る気はしない。


「見るんだそういうの、意外。アイちゃんドラマとかほんと興味ないじゃん」

「カオリさんがテレビっ子だったから。リビングにいると嫌でも見る羽目になる」


 何かしら常にテレビがついていた気がする。この間見た気がする俳優を見て、ああ一週間経ったんだなとカレンダー代わりにしていた。中身はよほど気にかかるシーンがなければ、ちゃんと見たことなかったが。


「……そんなんでさぁ、アイちゃん楽しいの?」

「なにが?」

「人生。楽しいのかって」


 そこでいきなり人生楽しいか、なんて話につながるのが理解できなかった。


「おはるは楽しくしたくて、そういうやつ好きなわけ?」

「そりゃそうだよ。世の中ほんと、嫌なことばっかりだもん。だから自分のご機嫌とり」

「へぇ。わかんねえな」

「私はむしろ、アイちゃんが理解できない。何にも楽しくないじゃん、本当になにも好きなものないの?好きな歌手とか、芸人とか、配信者とか。動物とか、場所とか、食べ物とか」

「……」

「マジでないの?」

「急に言われると思いつかない」


 この手の質問は困るのだ。仕方なく自己紹介の時は適当に流行りものを答えるけれど、周りほど熱心でもない。生死に関わるものでもないのにそんなに執着して、むしろ大変じゃないか。どう考えても自分で自分の首を絞めているようにしか思えない。なにかが好きと定義することで、自己を保っているかのような。


「……みんな、そうやって生きてるもんなのかね」

「アイちゃんはなんで生きてるの?」

「……仕方ねえだろ。なんか知らねえけどここにいるんだから」

「じゃあ質問を変えるね。そんなつまらなそうな人生生きてて、死にたくならないの?」

「別に」


 生きてる理由もなければ、死にたい理由もない。生だの死だの、易々とコントロールできるものでもないのだから、考えるだけ無駄だ。なるようにしかならない。三食飯が食えて、寝る場所があるならそれ以上なにを望むというのだ。


「やっぱりアイちゃん、変だよ」

「そうなんじゃねえの。頭一度壊してるんだから」

「……なんかごめん……」

「事実だろ。謝ることじゃないし。……頭おかしいとか、変とか、言われ慣れてる」


 そもそも自分でも自覚があるのだ。そんなものだと、思うしかない。共感性が低いだとか、創造性がないだとか、嫌というほど言われてきた。他人からみたらそうなのだろうから、それに反論する気もない。


「……アイちゃんなんか喋ってよ」

「自分から入っておいて怖いのかよ」

「怖くはないけど。間が持たないでしょ」

「……この間の本、面白かった?読み直したんだろ」


 とんだわがままだなと思いながらも、なんとか共通の話題を思い出す。別にその作者が彼女の叔父だったかどうか、興味があるわけではないのだが、ハルナからしたらこの話題を話せる相手はきっとオレしかいないのだろうから。


「うん。……同じ作者の本がね、家にもう一冊あったんだけど」

「お前の家、本屋敷かよ。地震来たら本に潰されて死ぬんじゃねえの」

「……大したことないよ。ほら、ここ見てみて」


 ガチャリ、と扉を開ける。部屋の中は壁一面が本だらけの部屋だった。この家は本当に映画のセットなのではと言いたくなる。懐中電灯の灯りが当たるところ全てに本がある。よくもまあ壁にこれだけ棚をとりつけたものだ。


「何冊あるんだよ……」

「まあ軽く700くらいはあるんじゃないかな。数えたことはないけど」


 数バージョン前のステッカーが貼られているデスクトップパソコンや、ガチャガチャといろんなペンが雑多に刺さっているペン立てなども机の上に転がっているが、そこにも平積みになった本が置かれている。


「私のお目当てはここだから。アイちゃんは他のところ探してなよ」

「あっ……おい!」


 ガチャリ。とオレひとり追い出されて扉が閉められる。中から鍵をかけられる構造のようで、ドアノブは回らなかった。


「……はぁ」


 貴重な光源係がいなくなってしまい困る。あまり使いたくないんだよなと思いつつ、端末のライトをつけた。電池が持てばいいのだが。

 しかし、あのハルナの様子を見ると、この家を明らかに知っているように思える。足取りに迷いがなかった。……大量の本がある部屋、探している叔父、この間の本……。


「まさかな」


 探している作家……叔父が死んでいる。というのは彼女自身が言ってたが、それはつまり一家心中に巻き込まれた側か、した側か。流石に安易につなげてもいい内容ではないが、なんだか彼女の行動はそれが正解だと言っているようにしか思えない。


「……あいつ、空元気なんだろうな」


 知っていた。身内にも空元気男がいるから、なんとなく察しがつくのだ。やめたらいいのに、やめられないんだろうな。笑って、ふざけてないと保てないのだろうから。


「……あと、なんかあっかな」


 鍵を閉められてしまったから、そこの部屋には入れない。また茶の間に戻って、部屋を見渡す。

 夢で見た光景の記憶がもう薄れ始めているからか、これに似ていたような気がするし、似ていなかったような気がする。所詮人間の脳味噌なんて都合がいいのだ。自分が似ていると思い込んだらそうだと刷り込まれるし、そうじゃないと思いたかったらそう刷り込んでしまう。こんなのを抱えているからか、頭なんて使い物にならないことはよく知っている。

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