34話 纏まらない自我…③
なにか家の持ち主がわかりそうなものと思い、リビングの茶棚を漁る。湯呑みの上にかかった埃除けの手拭きが、真っ黒になっていた。こういうところの引き出しによく請求書とか、保険の書類とか、ハンコとかあるよな……。と思うのだが、目当てのものはなさそうだった。残念ながら中に入っていたのは、介護施設の案内リーフレット一枚だけだった。
「……ここ、そんな前からあるのか」
ちょうど一年くらい前だ。学校の道徳の授業でちょうど行ったことがある。入所しているご老人はもうなんの判断もつかなくなっているような人たちがほとんどで、事故直後の自分もこんな感じだったのだろうかと思った。
民間と比べて施設利用料が安い分、介護できる家族がいなかったり、重度の人がほとんど……。事前の下調べでそんな文字列を見て、あの人は将来こういうところに行くのだろうか、と考えたりもした。実子じゃないと身元引受人になれないのだろうか、とかそもそも自分にそんな生活の余裕があるのか、とか。結局プロに任せた方がいいんじゃないか、とか。
「……あの人、自分の老後のこととか考えてたのかな」
少なくともあの感じだと、ヒマリが巣立つまでは施設で働くつもりだったように見える。なんであの人は自分の子供でもないのに、オレたちの人生を背負うようなことしてたのだろう。どう考えても、仕事の範疇を超えてるだろ。そこまでする理由がどこにあったのか。なにかあったのか。
「あー……。だめだ今日は……」
気持ちの方が急にプツンと来てしまったのか、ちょっと考えるだけで泣きそうになる。子供っぽくてみっともない……。ほかにも探すべきものはあるだろうけれど、どうにも集中力が働かない。何を探せばいいのか、そもそも自分がどうしたいのか。
「そんなところに座り込まないでよ。幽霊みたい」
「……」
なんだか動くのもおっくうになって、茶棚の前で座り込んでいたら知らないうちに出てきたハルナに声を掛けられる。
「……なんか言ってよ……ますます怖いじゃん。てかアイちゃん顔色真っ青だし。明らかに調子悪そうだけど」
オレにライトを向けながら、なにか癪に障ったように、いつもより少しきつい口調で問われる。
「病院から抜け出して来たところだし」
「はぁ!?……やけに薄着だなぁって思ってたけど……てか戻りなよ!?」
「別に大したことないし、経過観察のための入院だから」
本当にそれほどのものではないのだ。打ったところが打撲みたいになって痛みこそあるけれど、動き回れるしなんだかんだで思考も回る。
「それでも入院するくらいなんでしょ?死にたいの?てかどうして」
「病院は居心地が悪い。ほんと、頭打っただけだから」
「それは……。なんでこうさぁ、アイちゃん勉強はできるのに行動が衝動的なのかな。そんなんだからミタカくんも心配するんじゃん。戻ろ。流石に死んじゃうよ」
腕をつかまれて無理やり立ち上がらせられる。そのまま玄関へと引きずりだされそうだった。
「これっぽっちで死なねえよ」
自分がよく知っているのだ。本当に死にかけていた時は、体の動かし方すら思い出せなくて、喋ることもできなくなる。いまはまだこの体は動く。
「……なんで、なんでそんなに無頓着なの?アイちゃんと話してると、生きるとか死ぬとか真剣に考えてる私がバカみたいじゃん!!」
「どうしようもないだろ、そんなの」
だって、考えたって仕方ないじゃないか。いくら幸せになりたくても、腹部を刺されたら死ぬし、頭の打ちどころが悪かったら死ぬ。所詮、誰かが産んで、捨てて、突き落とされて、今の自分があるだけだった。
「死んで、残された方の気持ちとか考えられないわけ!?お母さんが死んでもわからないわけ!?」
泣き叫ぶように、大声で責め立てられる。わからなくなると、泣きたくなるし、誰かに当たりたくなるのは自分もそうだ。
「……別に、死にたいとか思ってるわけじゃないし、残された方が辛いのもわかるよ」
「じゃあ……」
「ただ、自分ができることは限られてるし。やれることをやるしかないだろ」
いくら悔やんだところで、どうしようもないんだから。配られた手札で生きていくしかない。
ハルナは納得していないようだった。はぁ、と大きなため息をつかれ、この状態で話ししても埒が明かないと思ったのか、そのまま帰路についた。
「アイちゃん。お願いだから死なないでね」
「だからそんな心配するほどのことじゃねえって言ってるだろ」
「心配くらいさせてよ。……大変でしょ、今」
「もっと酷いことになってる。詳しくはミタカにでも聞け。いま説明する気ない。つーかあっちのほうを心配しろ」
「そう……」
もう直ぐ日が変わりそうだった。流石に一人はまずいだろとハルナの家の近くまで送ってそのまま解散した。
「じゃあね。ほんと、無理しないでよ」
「ん」
腐れ縁の幼馴染って言ったって、そこまでしなくていいのに。案じられても、何も返せないというのに。どうして人は、優しいのだろうか。
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