13話 2番目の捜索

 警察もここまで無能なものだろうか。いまだに犯人がわからないという。被害者は知り合いが少ないらしく、俺の方でも捜査が難航していた。


「……なるほどねぇ」

「ったく、おめーはサツを信用してねえのか?」

「信用してないわけじゃないよ、むしろ日本の警察のレベルは世界トップクラスだと思ってる」

「じゃあ」

「それだけオレたちが”ワケアリ”ってこったろ」

「はぁ……っで、これがその調べてくれって言ってたお前らの施設の人の資料だ」


 正式な依頼を受けて一週間、大した情報を集められなかったが、依頼人に知っている限りの情報を渡す。ご依頼人、といっても昔から付き合いのあるチンピラの愛弟子だ。随分とスカしているが、実際義務教育期間中の人間のそれでは考え方も態度もなかった。相変わらず子供らしいところが気持ち悪くなるくらいには無い、機嫌を損ねるか、予想外のことが起きたときにようやく年相応のガキの顔をするくらいだ。


「さんきゅ」

「ってかアイ、お前は一体そこまで調べて何をしたいんだ?」

「自分がこれからどうすべきかを知りたい。だからその前にオレの立ち位置が知りたい。あいつらを守るためにもだ」


 渡した資料は被害者のものだった。目の前の少年はそれを速読でもしているかのようにスルスルと読み込んでいく。昔怪我をして頭が悪い、なんて聞いているが読むのは早いらしい。


「考えてみるとオレたちはカオリさんの名字すら知らなかったんだな。……地元の普通の高校を出て、福祉大学を出て……そこから公務員になって施設、ねぇ」

「もっぱら福祉の人間だな」

「……」


 表情に陰りが見えた。後悔か、それとも罪悪感か。それとも嫌悪感か。


「考えてみれば、カオリさんも普通の人間だもんな。そっか、こんな感じで生きてきてたんだ、なにも知らなかったから」


 こいつにとっては不服だと思うかもしれないが、こんなガキが抱く母親への感情なんてきっとそんなものだと思う。認めたくはないだろうから言わないが。ガキなんて親が人間なんて思っちゃいねえ、大抵は天使か悪魔としか思ってねえもんだ。


「ご両親はどっちも学生の頃に交通事故で死んでる。……これが大学の時の卒業論文」


 ぺらり、レポートをそのままコピーしたものを渡す。「傷害事件加害者への支援」というタイトルがついていた。


「まあこれはオレの推察。交通事故っていっても一口にいろいろあんだろ、この人の親の場合死んだ親にかなり過失があったんだ。亡くなった運転していた父親からアルコールが検出されている。それに加害者の方も後ろの車が怪しい運転をしていて避けられなかったって供述してる。んで、事故を起こしてしまった加害者のほうに同情して、そういう道に進んだんじゃないか」


 それに続いてもう一枚古い新聞記事を出す。

 亡くなった人の欄にあったのが被害者のご両親。もちろん当たり前のことだが加害者の名前も職業も公表されている。しかし事故の内容については軽くぽろっとしか書いていなかった。


「娯楽に飢えた田舎じゃやることがないからって、加害者の家に随分と嫌がらせがあったらしい」


 こんな簡単な新聞記事じゃ、どんな事故内容だったかわからない。それに被害者からアルコールが検出されたことも書いてない。そりゃ好き勝手自由に解釈して憂さ晴らしに使う奴らも出てくるだろう。


「ふーん」


 それで福祉系の大学で諸々資格を取り、あれよあれよとそういう職種になった。とこれがまあ俺の仮説だった。


「一つ不思議に思うとしたら、どうして急に児童養護施設職員なんかになったかだな。公務員のことはそんな知らねえけど、児童系は児童系の奴にやらせそうなもんだが」

「まあ」

「そういう経緯ならそういった仕事をしていたほうが幸せだっただろうが、まあ結局はただの地方公務員。単に異動になっただけかもしれねえな」

「なるほどね……」


 そう呟きながら、机の上に散らばった資料を揃え直す。知りたい情報は得られたのか、どうだったか。


「そうだ、チーさんは元気?直接会うと迷惑かけそうだから、しばらく会ってないんだけど」

「元気してるよ、まあアイに会えないのは寂しいみたいだけど」

「チーさんさぁ、オレのこと好きすぎない?」

「…………昔世話になった人に似てるんだよ」


 似てるんだよ、なんて他人事のように言うが、あの人には俺も世話になっている。初めてアイと会ったときは、正直ガキ型のドッペルゲンガーか何かじゃないかと一瞬疑ったほどだ。


「ん…………あとさぁ、もう一つ」

「お前らのこと、か」

「そう。前調べてもらったときは何も出てこなくて、まあ本当に身寄りのない子供なんだろうってことで結論付けたけどさ、やっぱりいろいろ不自然じゃん」

「……まぁ、なぁ」

「どう考えたってさ、オレたち普通の孤児じゃ、ないだろ。やっぱりなにもわからないの?」

「ん、まあ、普通の児童養護施設とはだいぶ違うよな。それはそうなんだが……」


 別件の片手間で調べているので、正直あまり何も手を付けられていないのが現状なのだ。アイカから聞き出している7人分の情報と、前アイ自身について調べたときの情報からあまり進展していない。あの養護施設にいる人間はみんな家裁の手続きを踏んで戸籍を作られていて、その手続きをした時期と、アイカが知っている施設に来た時期は大体近い。だから戸籍からたどることもできない、正直手づまりなところが多いのだ。


「兄貴がさぁ、警察ってか公務員試験落ちたのもなんのヒントにもならないのか?」

「状況も知らねえし、試験の結果についてもわからねえからな」

「だからって、合格って言った後に採点ミスでしばらくたってから落とされるって、なんか怪しいじゃん。凶悪犯罪者の親族って警察とか自衛官になれないって聞くし」


 いくら探偵とはいえ、知り合いに関係者がいるとかでもない限りそういう試験結果なんて開示してもらえない。それに、本当に”そう”だったとしたら開示できるわけがない。


「ん~だけどなぁ。それが正解だった場合、警察はどこからその兄貴の個人情報を抜いてきたんだってわけで。わざわざ新しく戸籍作った孤児の身元まで、採用試験で見るかねえ」

「それは……そうかもしれないけど」


 露骨に落ち込まれると悪いことをしたような気持ちになる。そういうつもりじゃあないんだが。


「いいから少し時間をくれ。相手にしたくないわけじゃないんだ」

「ごめん、お願い……」


 口調こそいつも通りだが、どうにもどこか歯切れが悪い。よく見ると顔色もよろしくない。


「ったく……アイ、お前疲れてないか?」

「そりゃ疲れもするでしょ」


 何を当たり前のこと聞くんだと言いたげに、飲み切ったコーヒーカップをソーサーに戻し頬杖をつく。


「……なあ、深入りするのはやめないか」

「なんでそういうこというの」

「お前はこのまま、普通に高校卒業まで施設暮らしを転々として、そのまま大人しく社会に出たほうがいい。大学に行きたいってんなら俺とチヒロが手伝ってやるし」


 本心だった。少し前チヒロとも話をしていたところだった。アイちゃん受験生だけどどうすんだべな、って親みたいに心配して。アイちゃんはしっかりしてるから、オレたちなんか手の届かない人になっちまいそうだな、なんて笑っていた。


「……そんなこと、なんも考えてない、し」

「何がしたいとか、そういうことなんかあるだろ。サッカー選手になりたいとかでもいいし」

「なにその幼稚なやつ。スポーツ推薦もらえるレベルでもない限り、この年でそれ言ってたら笑いもんだよ?」

「どこの高校に行くとか、模試とかも受けてるんだろ?行きたいところもねえのか」

「…………本当に、考えてない」


 アイカはしっかりはしているがどこか生き急ぐ癖があった。多分今もそれなのだろう。まだ若いってのに。


「今余計なことしてサツに目をつけられて生きていくくらいなら、ここは我慢して……忘れた頃に、幸せになった頃にまだ引っかかってたら探せばいいんじゃないか。義母さんのことも、自分のことも」

「……」

「俺としてはそうして欲しい。……ちゃんと自分の人生を生きろよ」


 お節介だとはわかっている。だけれど、俺たちはもうあんな思いをしたくなかった。余計なことになんて手を出さず、自分のことを考えてほしい。なおさらまだガキンチョで、幸せになってほしいと思わない方がおかしいだろう。


「自分が何者かもわからないのに?」

「……」

「なにしたいとか、どうなりたい、とか。生活と自分が安定してないと考えらんねえよ。守ってくれる大人はついこの間死んだ。自分はどこの子かわからない。これでどうしろと?見本になるような大人なんていやしないし、別に特段やりたいことだってないし」

「アイ、思いつめるな」

「……あー、イライラする。別にそんなんじゃねえよ……」


 俺の言葉が心外だったのか、それともなにか琴線に触れたのか、明らかに気分の悪そうな顔をされる。


「オレに今唯一あるものは、自分たちがいったい何で、カオリさんがどうして殺されなきゃいけなかったかだけだ。それ以外を今考えろってのは、流石に……」


 酷だろうな。わかってる、でもそれ以外のことにも目を向けて欲しいんだ。


「お前の母さんだって、お前に死因探してほしいなんて思ってないと思うぞ?」

「そういうのやめろって!そんなん、そんな、会ったこともない人間の口借りて説教すんなよ!」


 ……今のは俺が悪い。こんな時にその人の名前を使うのは、確かにズルだ。


「……わかった。手伝ってやるから、無理だけはするな。チヒロが泣く」

「あの図体で?……そうだな。……ごめん、そろそろ行くわ。アイツらの分の買い物行かないと。フラフラしてて許されるのオレだけだから」

「何かわかったら連絡する」

「うん」


 そう言って彼は店を後にした。後姿を見るとただのガキなんだけどな、なにをそんなに背負っているのやら。

 広げた書類を片付けながら被害者のプロフィールを見る。アイには関係のないことだから言わなかったが、まさか、同一人物だったとはな。


「世の中って狭いなぁ、なぁユキさん」


 独り言はどうせ、誰にも聞こえていない。

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