10話 正直者の吐露…②

「まあ、アイちゃんとは付き合いはあったけども。てか警官さん、なんでまたアイちゃんのことをオレさ聞くんです?なんかやらかしましたか?」


 開店時間前、店に誰か来たと思ったら警察だった。結世逢華くんってご存じですか?いつ出会ったんですか?普段はどんな様子ですか?色々諸々聞かれた。事件の捜査だ、と言っていたけれどアイちゃんが巻き込まれたんじゃないかとひやひやした。クソガキどもとは違ってアイちゃんはそういうことをする子じゃないからどうかしたのかと焦ったが、どうにもそういうことではないらしい。


「彼が住んでいる施設で殺人事件が起こったんですよ、その時間逢華くんがこの店にいたっていうので」


 ……それは、どういう。


「いつですか?」

「一昨日の朝方、何時くらいまで居ましたか?」

「いつも4時半ごろ飯くってそのあと食いながら駄弁って、5時前には店を出てたと思いますけども」

「もう一人いたと伺ってますが、彼は?」

「タクちゃんか?タクちゃんも同じくらいに出てったかな。学校行く準備すっからって」

「そうですか、すみません彼の連絡先を教えて頂くことは可能ですか?」

「まあ……てか、あの、アイちゃんは大丈夫、なんで」

「彼は無事ですよ。むしろ冷静すぎて怖いぐらいだ」

「なら、いいんですが」

「一応、貴方がアリバイの証人になるのでしばらく彼とは連絡をとらないでください。怪しい行動は謹んで。あと前々から言ってますがボランティアとしての活動に関しては感謝していますけれど貴方は介入しすぎる。正直やめてもらいたい。行政のサービスに不公平感をだすわけにもいかないんです」

「全員一律に扱うんだったらセーフティーなんてあってねえようなもんだべや」

「それは……ケースバイケースだって言ってるんです。貴方の基準を平均扱いされては困る。あの人のせいで役所が大変なことになったのは知ってるでしょ。ただでさえ貧困率が高くて犯罪率が高い街だってのに、あれ以来安曇の福祉課は住人たちに厳しい目で見られてるんです」

「かと言って無視しろってほうがよっぽどおかしいべや」

「そこまでは言ってません。実際伊藤さんには感謝はしているんですよ。あなたのお陰で非行少年のコミュニティの情報が手に入る、その中にいる支援を必要としている家庭の子も早いところ補足できている、でもかといって限度がある」

「……わかった、わかった。あんたらと役所の仕事は増やさないように気を付けっから」

「頼みますよ、ほんと」


 どうせまたそのうちお小言は言われるんだろう、でももう店を開けなきゃいけねえんだ。言い返してもどうしようもない。向こうだって仕事だから、そう言わざるを得ないのだろう。みんな、ままならないものなのだ。




 開店の時刻を少し過ぎてようやく警察官たちが去る。店に客が来なくてよかったと思ったのも束の間、見知った顔が入ってくる。


「おーっすチー坊。アイいるか?」

「オガちゃん?アイちゃん今日は来てないし、そもそも基本的に昼はこねえよ。学校だべ」


 オガちゃん、尾方……は探偵だ。ユキちゃんの知り合いで、ユキちゃんが居なくなってからもこうやってたまに店に顔を出してくれる。法律にも強いし、見た目が厳ついから、うちに遊びに来るような生意気なガキンチョたちは、オガちゃんに逆らえない。


「アイツらまだ学校行けてねえよ」

「?」

「事件のこと、聞いてねえのか?学校はしばらく休ませられるって」

「そっちは初耳、事件については今さっき警官さんたち来て聞いたばっかよ。アイちゃんと連絡とるなって言われてよ」

「あ~つまりアイはチー坊と連絡とるなって言われたから俺に連絡よこしてきたってわけね。今来軒じゃないならいつもの喫茶店かな。探してくるわ」

「……アイちゃん、どうだった?」


 一番気になるのはそれだった。いくら上手くいってなかったとしても、一応保護者に当たる人間が亡くなったのだ。しかも病気でも事故でもなく、事件で。しっかりしてるとはいえまだ中学生の子供だ。不安になって当たり前だ。


「かわりねえよ、いつも通りスカしたガキだぜ。顔しかかわいくねえ」

「んなこと言って~本当はかわいがってる癖によ」

「てか、あのガキまだ自分の親のこと探してるみたいなんだよな」

「……」


 いつも通りと聞いて安心していいのか、どうなのかと思っていたところにまた爆弾を落とされた。もういい加減、と言ったら怒られるだろうが……そろそろ諦めてくれはしないだろうか。


「言わねえのか?」

「……ただの憶測でしかねえべや、言うことでねえ」


 そもそも憶測にすらなっていない。顔が似ている程度で断定なんてできるわけがない。


「それにしても似すぎだろ。お前もずっと思ってんだろ?」

「だってそうだったらずっとシングルであの仕事してたことになっぺや。全然家さ帰れねえだろ。ユキちゃんはそんな子でねえよ。離婚歴があるとも聞いてねえ」

「さぁねえ。それこそ育てられなくて養護施設に預けてた可能性だってあるだろ。事実婚とか、できちゃってどうしようもなくなったとか、山ほどそういうのはあんだから……。ユキさん、結構いろいろ秘密ごと多かったじゃねえか」

「ユキちゃんは自分の子供捨てるような子じゃねえべや」

「……はぁ。まあ事実はともかく、そんなこと言っておいてよ。アイがユキさんの子供じゃないかって一番期待してるのはおめえだろ。チヒロ」

「……」

「ユキさんのこと、引きずるのはわかるしお前が慕ってたのもわかるよ。かといってお前は囚われすぎだ。あの子はそれを望むと思うか?誰よりもお前が自立することを願ってくれたのはあの子だろ」


 図星だ。早く手伝わなくても経営できるようになってよ。って言われて、それなのにオレはいまだにユキちゃんのことが、忘れられなかった。せめて、あれから10数年間お陰様でちゃんと食っていけてると、お礼の一つもさせてもらえないでいる。


「やることはやってる」

「…………まあ、ユキさんのことはこっちでも調べてるんだ。やっぱり顔は似てるからアイの血縁の可能性もあるし。というか施設全員分の調査は骨が折れるねえ」

「アイちゃんが頼んだのか?」

「前は一人分だったけどな、まあアイが知りたいようなことは教えてやれなかったけど。……どうにもあの施設キナ臭いんだよな」

「?」

「あんまり関わらない方がいいと思うぜチー坊。無駄に足を踏み入れて不幸な目に会うのはもう俺たちも散々だろ」

「まあ、そうだな」


 別に自分がどうなる分には構わないのだ。自分のことなら我慢できるから。


 だけど、自分の大切な人たちが酷い目に遭うのは、正直もう、散々だった。

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