7話 疎外者の疑惑
「5時ごろにいつもの喫茶店で、カオリさんが殺された」
そのメールをもらった時は心臓が爆発するかと思った。孤児院で僕たちの母親がわりをしてくれたカオリさんが殺された?誰が?どうして?
思い当たる節、というのは彼女の人柄には思い当たらないが、……僕らの面倒を見ていた。という点ではあった。
「母さんが殺された、って本当?」
「本当。一昨日の早朝。第一発見者はマオ。今あいつらは保護と捜査のために警察の持ってる部屋に押し込められてる。そろそろ兄さんのところにも警察から連絡行くんじゃないか?というかまだ来てないの?」
仮にも親代わりが殺されたというのに淡々といつもと同じようにストレートティーを目の前の少年は啜る。まるでこうなることがわかってたかのように。ただ表情を見る限り、少しは疲れているようだった。
「なにも連絡はないかな」
「そ」
「そ、って……アイカは?……監視とか、されてるんじゃないのか?」
「泳がされてる、って思ってる。まあ一応アリバイはあるんだけどさ」
僕がケーキを切るのを見て露骨に嫌そうな顔をする。相変わらず甘ったるいものは苦手らしい。わざと見せ付けるようにして口に運んだ。
「早朝にアリバイって」
「……朝帰り」
「朝帰りって、お前受験生だろ?誰とつるんでる」
「大丈夫だよ、昔からの仲間だから。実質舎弟かもな」
昔からこいつは少しくどいのだ、そんなんだからまともな友達はできないし施設で上手くやっていけないというのに、治す気は全くないらしい。
「あのさぁ……お前15年くらいしか生きてないだろ」
「わかんないよ?もしかしたらもっと生きてるかも。あてずっぽうで生年月日つけられてるんだろうし。もしかしたらオレの方が兄貴より年上だったりして」
「体格からしてそれはないだろ。まあお前とみっちゃんは年齢逆だったりするかもしれないけどさ。それか同い年か」
「……どう考えたってオレの方が上だろ、あんなヘタレより」
まあ確かに傍目から見たらアイカの方がでかいから大人っぽく見えるだろうけれど、小さいころから見てるとお前の方がガキだぞと言いたくもなる。言ったら殴られるのでオブラートに包む。
「お前も少し大人になれ」
「なんでオレが」
「そういうところ」
僕からしたら、その噛みつきっぷりからしてミタカに甘えてるようにしか見えないのだが、本人はそんな自覚が全くないらしい。まあ、殴り合いになった場合、アイカの方が強いだろうからミタカも口喧嘩以上のことはしないんだろうけれど。それに、アイカはともかくみっちゃんは人を殴ったりできるような性格じゃない。
「てかオレの学校を心配するよりも、兄貴は仕事どうなの?」
「普通……まあ、きつい仕事だからやめていく人も多いけどね。でも、自分が浮かないのはありがたいかな。ここで働くようなのって、明日の暮らしに困ってたり、どうしても金が必要だったり、頼れる親戚がいないようなやつらばっかりだから」
「……居心地がいい、ってのわかるだろ。オレもそう」
「そうだね。お上品に生きたかったけど、ああ無理だったんだな~って、すごく感じる……まあ、諦めはついたからいいかな」
元々孤児院で生活してたのだから、全寮制の工場で働くのはそこまで苦ではない。やっていることとしては泥臭い現場作業だが、技術者として働くのも想像していたよりは肌に合っていたし、周りの人間も自分に近いようなのが多くて安心する。まじめにやっていればそこそこ技術も身につくし、数年頑張れば同業界への転職だって比較的簡単だろう。
「本当に?本当に諦められた?オレは正直理不尽過ぎて、まだ納得してないけど」
「お前に心配かけたのは悪いと思ってるよ。それに……なあアイカ、その話なんだけど。うん、辻褄は合うから納得はしてるし感覚としても“ある”んだ。でもそれを自分ごととしては捉えられないというか」
「……別にオレもはっきり覚えてるとかじゃないから、確証は得ないけど。でもまあ置かれた境遇的には一番それっぽい答えだろう?あとは証拠を見つけるだけだ」
「あぶない橋、渡ってないよな」
こいつは危なっかしいのだ。危なっかしいくせに自分の足元を全く見ようともしない。だから不安なのに、こいつは自分の足元の前にほかのことを気にしてしまう。自分のことを考えるのがへたくそなのだ。
「そんなこと言ったら、オレたちの存在が“危ない”ってもんだぜ?兄貴」
「……」
言われてしまってはどうしようもない。施設を出てからあの環境がどれだけ異端だったのかようやく知ったのだ。
「まあ、確実にオレの仮説が正解、とは思ってないんだけど。……だけど証拠を探すチャンスでもある」
アイカは自分たちが何者なのかを昔から気にしていた。オレたちのお父さんとお母さんってなにがあったのかな、そればっかりだった。今が平和だからいいじゃないか、そう宥めても聞く耳を全く持たない。
「……お前、そんなに知りたいのか」
「……知りたいというか、正解が欲しい」
「正解」
「そう、オレはこれからどうしたらいいのか。その答えが欲しい……今はサツたちが現場検証してるから施設に立ち寄れないのが困るけど。少なくともカオリさんは、あの施設が何だったのかを知ってるはずだろ」
また難しいことを言ってる、アイカとカズヤは僕には難しい話をよくするのだ。
「これから、お前らどうするんだ」
「葬式とか、そういうのはさっぱりどうなるのか今のところは決まってない。決まったら呼ぶよ、死体でも、焼いた骨でも、会っておいたほうが良いだろ。兄貴は」
「それも大事だけどそうじゃなくて、お前らだよ」
聞きたいのはそういうことじゃない。僕はもう成人しているので、自分のことはどうにでもできる。問題は彼らだ、まだ保護者がいないと生きていけない年齢なのだから。
「さあな……施設移動させられるくらいなら、チーさんとこの養子にしてもらったほういいかな」
「あのなぁ」
「…………オレだって困惑してんだよ、確かに施設のことはそこまで好きじゃないけど、別に人が嫌いなわけじゃない。ただ明らかにおかしいあの施設で幸せに生きろってのが、オレには無理だっただけ」
「みっちゃんのことも?」
「……本当に顔も合わせたくないくらい嫌いだったら、とっくにこんなところ出て行ってるよ。それに、同じ部屋も拒否してる」
「ならよかった」
「どうしたらいいんだろうな。あいつらちょっと抜けてるからさ、オレが何とかしなきゃいけないんだけど」
「別に、ナツメもミタカもいるんだからさ、頼ってもいいじゃないか」
「……それができたらとっくの昔にしてるよ。でもアイツらの手は借りない。それにこれはチャンスだ」
チャンス、そんな風に言われてしまうと嫌でも想像してしまう。
「……疑ってる訳じゃないんだけど、お前がやったんじゃないよな?アイカ」
もちろん心から信じているのだ。たしかに態度やつるんでる相手は怪しそうなものだがそういうことをするほど愚かなやつでもない。三年前まで一緒に生活していたのだ。そのくらいは理解してる。
「……まあ、カオリさんのこと、監視だなんだって言ってたこともあったけどさ、オレにとっても大切な人だよ。あの人は」
その瞳はきっと嘘偽りなかった。
「……そう、だよな」
「……ただ」
「ただ?」
「オレは、カオリさんを殺ったやつが施設のなかにいると思ってる」
その声だけは、異様に低く僕の中にすとん、と落ちてきた。
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