5話 余し者の怒り

 全員分の取り調べが終わり、とりあえずひとまず仮宿にいてくれ、食事など必要なものは提供する。と言われた。買い物にも行けないのは正直困るが、かといってわがままをいうわけにもいかなかった。代わりにと提供されたお弁当は一個当たり1000円程する代物だったけれど、こんな状況で食欲なんて沸くわけがなかった。


「これ明日の朝ごはんにしちゃダメかな」

「……腐るんじゃない?」

「一日くらいは平気じゃない?ねえみっちゃん」

「……まあ、大丈夫じゃないか?」


 自分ももちろん食べる気がしなかった。いくら見たのが朝方で今はもう夜が近づいているとはいえ、そもそも人の死体をまじまじと見てしまったのだから、弁当に乗ってる豚の生姜焼きすら見ていて気持ち悪くなる。いまだにどこか夢心地で地に足がついていないような感覚がした。実は本当に地に足がついていなくて、自分も死んでいたりするんじゃないか?……疲れてるな。


「ねえ、明日はどうしたらいいの」

「うーん、どうしてようね」


 多分また取り調べをされる可能性はあるだろう。今頃6人分の証言を聞いてまとめてでもいるのだろうから。そろそろ死因……っといっても刺されて死んでるのは明白だが、刃渡りがどのくらいのどんな刃物で刺されたか、とかわかるんじゃないだろうか。捜査といったものを刑事ドラマでしか見たことがないからわからないが。そもそも10代でこんな経験している方がよっぽどおかしいのだ。わかるわけがない。


「……ゲーム、おうちからとってきたい」

「暇だもんね、明日刑事さんたちに聞いてみよっか」

「うん」

「あっ!おれ宿題やってない!」

「マオ、なんで昨日の晩のうちにやっておかないの」

「んだって~」


 まあ宿題をやろうがやらまいが、しばらく学校にも行けないし何なら警察から話は行っているだろう、そしておれたちの素行だとかを先生や同級生に聞き取りするんだろうな。……一番やばいの、やっぱりアイカじゃないか。どうする気なんだよまったく。


「……暇だし、テレビも面白くないし、さっさと寝ちゃったほうがいいかもね。風呂沸かしてくるから」

「あっ、うん。お願い」


 とりあえず大体サイズが合うだろうと持ってこられた着替えと大量のタオルはある。いつになったら家に戻って私物を確保できるのだろうか。家全体の捜査が終わらない限り無理だろうか。困った、冷蔵庫の中のものが腐りかねない。


「考えることが多すぎるなぁ……」

「考えなくていいんじゃない」

「カズヤ?」

「だってわからないじゃん、誰がママを殺したかなんて。ぼくたちは占い師でも魔法使いでもないし、調べるプロでもない」

「そうだな」

「難しいこと、考えるだけ無駄だよ」

「うん。そう、なんだけど」


 カズヤは大人びてるのか子供なのかよくわからないところがある。学校行きたくないとか、ゲームしてたいとか、野菜食べたくないとかわがままはいっちょ前なくせに考え方はどこか大人びていて、嫌いではないけれど正直ちょっと苦手意識はあった。せめてそのわがままをなくしてほしいのだけれど、まあ小学生に怒ったところでどうしようもない。そのうち落ち着くだろうし、落ち着かなかったら苦労するのは彼だ。


「……前みたいに戻れんのかな」

「……マオ」

「ママの代わりの人が来て、また前みたいに生活できるのかな」


 何も言えなかった。多分おれたちは近隣の空いてる施設に移動することになる。

 ずっとここで育ってきたのに、今更バラバラで生活しろと言われるのは、正直残酷だと思うがそんなものだ。こういう時、血がつながっていたらまだまとめて引き取ってもらえるのだろうかと考えがよぎってしまう。残念ながら、おれたちには祖父母もいなければ、伯父伯母のようなものもいない。なんなら、母さんが一体どんな家族構成をしていたかすら、おれたちは聞いていない。

 そもそも、新しい母さん代わりの人が来たところでやっていけるのだろうか。これだけ一緒に生活してきたのに今更別の保護者があてがわれても、あと数年で出ていくおれはともかく、下の3人は大変だろう。それを考えるとやはりバラバラの施設に移って新しい環境でやり直したほうが良いのかもしれない。


「なにしけた面してんだよお前ら」


 ガチャリ、と扉が開く音が聞こえて帰ってきたのはアイカだった。両手に手提げをひっさげて、中にはパンパンにモノが詰まっている。


「お前、今まで何して」

「暇つぶしに必要そうなもん、買ってきた」

「金は……」

「小遣い、別にどうせ使わねえし。暇だろ、漫画とかお菓子とかボードゲームとか」

「アイ兄ちゃんさっすが!!」

「だろ?マオどれ読みたい?」


 どんどんとカバンの中からものを出していく。自分より年下の人間に見せる表情は、どこか施設を出た兄さんと似ていた。おれにはそんな顔、全く見せてくれないのに。


「えっとね~……」

「そんな睨むなよ。何が不満だ」

「別に」


 別ににらんでなんかいない、ただ無性にむかつくだけだ。確かに暇つぶしのものは必要かもしれないけれど、この非日常的な状況を楽しんでいるように見える。


「そんな顔すんだったらお前はオレ様の買ってきたもん触んなよ」

「誰が、別にいらないし」


 これはただの意地っ張りだ。本当は買ってきたものの中に、おれがこの間読み切りを読んで面白いなと思った漫画家の単行本が混ざっている。素直になればよかったと少し後悔したが、残念ながらそこまでおれのプライドは低くない。そこまで素直な性格もしていない。


「あっそ……オレ明日もちょっと出るから、なにかある」

「じゃあ着替え買ってきてくれない?」


 ナツメがしゃりしゃりと出てくる。いつもならありがたいが少し今の自分からしたら邪魔に感じた。


「……男物でいいなら、女の売り場は入りたくねえぞ」

「なんでもいい、ギリギリ外出られるような恰好なら」

「りょーかい」


 自分だけアリバイがありますよと見せつけてるようにも見える。夜中一人で出歩いてたくせに。……わかってたから出歩いてた?信用できない分どんどんと疑惑が積み重なっていく。


「……気に食わないのは勝手だけど、お前年長者なんだから。んな顔して雰囲気悪くしてんじゃねえぞ」

「誰のせいだと思ってんの」

「勝手に機嫌悪くなってるお前のせいだろ」


 ああ、腹が立つ。

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