4話 傍観者の憂い

「……どうだった?ナツメ」


 取り調べを終えて当てがわれた家に向かうと、一番最初に取り調べを受けていたミタカがぽつりと殺風景な部屋に丸まっていた。体調でも悪いか?と聞くと首を横に振ったので話を続けた。


「どうもこうもなにも、朝目が覚めるまで本当に寝ていたかとか、物音はしなかったかとか、そんなことを。あと母さんとの関係とか。みっちゃんは?」

「……おれもそんな感じだった。いくら口で寝てましたって言っても証明にならないだろうけど」

「同じ部屋で寝ていたメンツを答えたところで口裏を合わせてるって言われたらどうしようもないしなぁ」


 オレと一緒に寝ていたのはヒマリだ。自分がマオの声で目が覚めた時は寝ていたと思うけれど、本当に寝ていた証拠を持っているわけでもない。男子はみんな別の部屋だから自分にはわかりっこない。


「……まあでもナツメはヒマリと一緒に寝てたわけだし。おれはほら、アイカ帰ってこなかったし、そもそも普段からアイツソファで寝てることも多いし。寝てたって言っても証拠にならないっていうか」


 はぁ、とため息を吐いてミタカがころんと横になる。体調が悪いわけではなさそうだけど、疲れているようだった。


「…………気が重いな」


 基本的に捜査が終わるまであまりこの家からはでないようにと言われている。まだマスコミにまで話は広がっていないが、情報が広まったら外に出るほうが危ない。この部屋はある意味オレらを閉じ込めて、オレらを保護するものなのだろう。まだ疑いは晴れていないけれど、犯人候補を匿うには丁重なのかもしれない。


「そういえばアイのやつ、どうした?オレより先に取り調べ受けてたよな」

「どっか行った」

「またあいつ出かけたのかよ、こんな時に……まあいいけどさ」

「おれはよくない」

「ミタカ……」

「ほんとなんなんだよあいつは、こんな時くらい一緒にいてくれてもいいじゃないか」


 いつも穏やかな口調のミタカが、珍しく機嫌が悪そうにぶつくさ言う。


「仕方ないだろ、あれはもう性格っていうか病気っていうか、サガっていうか」


 あれはどうしようもない、群れることが嫌いなのか好きなのか。奔放なのか真面目なのか不真面目なのか、微妙に掴みどころがない。昔はどちらかというと真面目でちょっと強情で引っ込み事案で、泣き虫だった。


「……ほんと、誰とつるんでるんだか。母さんより悪い仲間のほうが大事なのかよ」


 基本的にミタカは温厚な性格をしているが、こうなるとちょっとめんどくさくなる。よくアイがマザコンだと茶化しているけれど、正直自分も同意見だ。本人を前にして言ったら余計めんどくさくなるので言わないが。


「まあ、いいんじゃないか……アイのことだし大丈夫だろ」

「ナツメは結構アイツのこと信用してるよね、刑事さんたちにあいつを見張ってくださいっていえばよかった」

「おい……」

「いいたかないよ、言いたくはないけどさ、おれらからしたら一番アリバイが薄いの、アイカじゃん。いっつも母さんに反抗的な態度をとるし、本当に母さんのことが嫌いだったのならやりかねないし……」


 嫌いだったとは思わない、確かに距離があったけど信頼してなかったわけではなかったと思う。確かに一番動機がありそうに見えるし、オレたちから見たら何をしているのか怪しいと思うけれど、犯人を捜すのは警察のお仕事で、オレたちは正直に答えて静かに待つしかない。


「いくら嫌いでもさ、そこまでじゃないだろ。それなら流石に刺す前に殴るとか、蹴るとかあるんじゃないか。てかさっきミタカが言ったんだろ、この家の人間が母さんを殺す理由がないって。なんでアイだけ……」

「……」


 ミタカが不服そうに息を吐きながら、近くにあったクッションに体をあずける。布団だったり、タオルだったりはいま手配してくれているというが、この状態でどう暮らせというのだろうか。財布と携帯だとか、身分証明書とかは一通り取り調べの時に見られて、今手元に置かせてもらっているが。明日からどうなるかが全くわからない。


「……仕方ないだろ、アイは母さんのこと、親だと思えないんだろうから」

「それがわからないんだよ。あんなにずっと暮らしてて」

「親の記憶あるんだし、仕方ないだろ」


 本当に小さいころに一度聞かされただけで、自分も内容をほとんど覚えちゃいないがそんなことを言っていた。


「なにそれ」

「あー……聞かなかったことにできない?」


 そうだ、確かこれは内緒話だった。周知の事実だと思ってうっかり口を滑らせてしまった。これがアイにバレたらこっぴどく絞られる。


「それはないでしょ」

「っ……アイカには言うなよ」




 あれは確か、オレが小三のころだ。

 庭のブランコで、オレがたち漕ぎをしてて、アイカは柵に座りながらその様子を見ていた。お前もやれよ、と声をかけても立つのは危ないからいやだ、と断固拒否されたのを覚えている。昔は結構なビビりで、ミタカと二人で庭に入ってきた野良猫にすら怯えていたっけ。


『ナツメはさ、本当のお父さんお母さんのことしってる?』

『オレ?わかんないけど……』

『ここに来る前のことは?』

『わかんない』


 自分は本当に何も覚えてない。知らないうちに施設にいて、普通に暮らしていたのだ。なんとなく、周りの子の「お父さん」と「お母さん」は血がつながっているもので、自分たちの場合は、血がつながった親がいないから血のつながっていない「お母さん」がいるってことは知っていたけれど、当時はそれにさほど興味もなかったと思う。


『ぼく、ちょっとだけ覚えてることがあるの』

『……』

『……本当にあれがお母さんだったのかはわからないけれど。女の人がいて暗い部屋でずっと高い声で電話してた』


 こんな感じの声、といって甘ったるい高音をだした。なぜだかすごく気持ち悪かった。だからこう続けた。


『……忘れよう、そんなこと。ここがおれらの家だ』


 それを聞いてアイカは困ったような顔をした。


『本当にそうなのかな』

『え?』

『ここは本当にぼくたちの家?もしかしたら、いつか本当の親とか、また別の親が来るかもしれないし』

『そんな難しいこと……そうだ、母さんかみっちゃんに聞けよ。あにきは馬鹿だから』

『だめだよ、みっちゃんはそういうのうるさいでしょ』

『あ〜……』

『この話、なつめちゃんとさとるちゃんにしかしてないから、言わないでね。特にみっちゃんには』

『……うん』


 誰にも言わない約束だった。けれど随分と昔の話だ、時効ということにさせてほしい。





「事故の前?」

「……そうだな」

「なんで、ナツメにだけ」

「お前のそういうところだぞ」

「……」


 ぐったりとした様子で、どんどんクッションに埋もれていく。やっぱり調子悪いんじゃないか?と聞くと、疲れたと今にも泣きそうな声が帰ってきた。ミタカは体も弱いし神経も細っこいのだ。喘息持ちだし、心臓も手術してあったようだが弱いらしい。アレルギーとアトピーと、ほかにもなんやらで、筋肉が付かないし体力もない。鈍感なくせに変に気を遣うのですぐ気疲れしてたまにぐったりと倒れることになる。あまりにもかわいそうなので、自分の健康体を少しでも分けてやれたらいいのにと思ってしまう。


「少し寝たらいいんじゃないのか」

「こんな状態で寝れると思う?」

「それは……」

「そんなにおかしいかな、おれ」

「なにが」

「血がつながってない人間を家族って思うの、そんなにおかしい?」

「まあさ、オレたちはもうなんだかんだ10年くらいになるから、そんなに普通の家とそんな差はないと思ってるけど」


 ずっとここにいるから、ほかの児童養護施設がどんなものなのかは全く知らない。テレビドラマにでてくるようなものは見たことあるけれど、それがどのくらい脚色されたものなのかも知らない。そもそも普通の家庭だってテレビでしか見たことがない。ただ、どちらの方が今の自分たちに近いかと問われたら、きっとテレビドラマに映る普通の家庭だ。


「アイカが何言いたいのか、全然わかんない」

「あれは……反抗期とでも思ってればいいんじゃないのか」

「なんでこうなっちゃったんだろ」


 今でこそ顔を合わせると口げんかになるけれど、昔は随分と仲が良かったのだ。ミタカの後ろをアイカが引っ付いて、引っつき虫って揶揄したら泣かれて。いまのマオとカズヤが近いかもしれない。同じ部屋なこともあって、学校に行っている間以外はずっと二人一緒だった。


「かわいかった弟がぐれたことが寂しいんだろ」

「はい?」


 本人らは絶対否定するが、自分から見たらそうに見えてもしまうのだ。


「ま~わかるよ?オレが一番みんなが成長してる姿を見ているわけだしなぁ」


 ちょっと前まで兄貴がいたけれど、今はオレが最年長だ。ここに一番長くいて、ずっと見てきた。


「……ナツメさぁ」

「……普通の家族でもみんな変わってくんだ。受け入れなよ」

「わかってる」


 わかってるっていうけど、全然納得いっていない顔だった。


「ならいいよ」


 まあ、寂しいと思ってしまうのはオレも一緒だ。

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