3話 被疑者の日常…②
「……いつから泊めてもらってるの?」
「最初は中学入ったばかりの頃かと、ちょうどカオリさんとかミタカ……真崎と喧嘩して施設を飛び出したことがあったんです。その辺をたむろしてたら不良に目をつけられて、怪我して」
「その人たちはどういう人たち?学生?」
「安曇の定時制の奴らだと思います。あそこ学ランでしたよね?」
「この辺だと安曇第二と隣町の花押だね……花押はお坊ちゃんお嬢ちゃん高校だから安曇第二かな」
あの頃は、いや今でもだが、自分は施設が苦手だった。唯一仲のいい年長者だったサトル兄さんが就職でいなくなった辺りから居場所がなくなった気がした。そんな時道端でケンカを吹っ掛けられた。長い髪と海外の血が交じっていそうな顔立ちのせいで歩いていると目立つのだ。こっちだって好きでこんな見た目してるわけじゃないのに。ほんと、誰だよ産んだ奴は。迷惑でしかない。
「まあ、そのチンピラに絡まれたんですよ。オレ身長高い方なので高校生に間違われて、体調悪くてフラフラって歩いてたらぶつかって喧嘩吹っかけられて。その時助けてくれたのがチーさんでした」
「そこから交流が?」
「チーさん、チンピラの保護者みたいなことやってるんですよ。なんだっけBBS?ってやつ。チンピラたちも困ったらチーさんに助けられてるみたいで、チーさんが出てきた瞬間頭下げてて、面白かったな」
あれは痛快だった。所詮不良も本物の前じゃただの犬だ。
「チーさん、のフルネームは知ってる?」
「伊藤千広さんだったと思います」
「……ああ!伊藤さんか……うん、知ってる。わかった……」
ラーメン屋の名前を出してもわからなかったというのにフルネームだとわかるのか。でもこの辺は不良学生による傷害事件が度々発生する地域なので、そういうことをしているから名前を知られていることにもある程度合点がいった。
「……厳しくいっておかないとな」
ぼそりと刑事がいった言葉が聞こえた。やっぱりあそこまでクビを突っ込んでたらボランティアの域を超えているんじゃないかとか、見知らぬ中学生を泊めてたりとか、甘えながらも普通にやばいと思っていたのは間違いではなかったか。
「誤解を解いておきたいんですけど、そのチーさん経由の知り合いで不良の奴は多いですけど、別にオレはそういうのじゃないです。別に喧嘩とか好きじゃないし」
「よく怪我をしてくるってのは」
「平衡感覚バグってるんで、すぐコケたりぶつかったりするんですよ……あんまり言いたかないんですけど……。あと、さっきみたいに謎に絡まれて怪我したりとか。自分から吹っ掛けることは基本しません。面倒なので」
地毛なのに、ガキの癖に髪を染めてるだとか難癖をつけられた経験も、もう片手で数えられる数を超えている。自分が染められないからって、憂さ晴らしにオレを使うのは辞めてほしい。それならガイコクジンの親に産んでもらえばよかったんだよというと、大抵また殴られる。オレは自分の親がどこの国の人なのかすら知らないというのに。
「……朝五時くらいにマオが発見したんでしたよね?」
「ああ、そう聞いてる」
そんなことどうでもいいや、まず自分のアリバイを立証するのが先だ。
「オレ、4時ごろからチーさんの仕込みの手伝いしてたんです。泊まってる時はそうやっていつも手伝いしてて、5時ごろに朝食ご馳走になって、着変えるために施設に戻ったらそれで」
「通報したのは君だったよね?」
「はい。やばい状況になってるのにあいつら一時間くらい呆然としてあそこに居たらしくて……今もその呆れが残ってるっていうか、多分オレも動揺しててずっと顔が動かないんです。悲しいとか、どうしてとか、思ってるはずなのにしゃべるために口を動かすことしかできないっていうか……すみません、うまく喋れてる自信もなくて」
「そんなことは気にしなくていいよ、そりゃ今までお世話になっていた人があんな殺され方をしていたら、そう思うのも無理はないだろうしね。むしろしっかりと話してもらってるほうだよ」
「……とりあえず、その時はそうしてました。チーさんともう一人チンピラのタッちゃん……フルネーム忘れちゃったんですけど下の名前は宅也だったと思うんですが、その人と一緒に。証人にチンピラってちょっと怪しさすごいですけど……」
「それはおいおい捜査するよ……。確かに疑わしいのは事実だけれどアリバイではあるからね」
「……はい」
とりあえずその言葉自体は信じてもらえたようでよかった。どこかで防犯カメラにでも映っていればなお良いのだが。
「……オレはいくらでも捜査に協力するので、また何かあったら呼んでください」
「ありがとう……できれば用意した部屋にいてほしいんだけど、その話を聞く限り苦痛かい?」
随分と理解のいい刑事だ。もしくはチーさんの社会的信用があるとみてもいいということか。それとも泳がせるにはオレが最適ってことか。
「……すぐ呼び出しには応じるようにするので、それは勘弁してもらっていいですか?」
「わかった。ただ私たちが許可をするまでそのチーさんと宅也さんとは連絡をとったりあったりしないこと。夜はちゃんと部屋にいること、いいね?中学生なんだから」
このくらいは致し方ない。むしろ十分すぎるくらいだ。
「あの、施設出て行った兄貴に、連絡するのっていいですか」
「できればこっちから連絡したいんだけど……まあいいや、亡くなったことは伝えてもいいよ」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
疑われている割には随分と優しい対応だと思った。けれど、まだ怪しまれているのも十分伝わってきた。
致し方がないけれど、疑われるというのは心地が悪い。
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