2話 被疑者の日常…①
一見普通の乗用車に見える覆面パトカーに乗せられて警察署に向かう。オレはなぜかマオと一緒に乗せられて、それぞれ別の部屋に通された。パイプ椅子でそわそわしながら待っていると、スーツ姿の警察官が現れた。
「じゃあとりあえず名前と、どうしようか学校はどこだっけ?」
「
改めて自己紹介をするとなると恥ずかしい。女っぽい名前を口にするたびにどこか自分の名前と思いたくなくて、気恥ずかしくなる。中身とまるで釣り合っていない。ついでに画数も多くてめんどくさい。
「生年月日と血液型は?」
「2011年4月7日に戸籍上はなってるはずです。血液型はO型」
「戸籍上は、というと?」
「……俗にいう捨て子なんで、正確な生年月日知らないんですよ」
もうとっくの昔にそんなこと調べられていると思ったがそうではないのか、それともカマでもかけられてるのか。子供相手だと思って張り付けた笑顔が胡散臭い。
「いつぐらいから施設にいるのかな」
「小学校上がる少し前くらいです」
正確な頃合いは覚えていない。ただ、施設に来てから1、2年後には学校に通っていた気がする。
「結構大きくなってからなんだね、……言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、本当の親御さんのこととか覚えてる?」
「……なんとなく、この人が親だったのかなっておぼろげな記憶はありますけど、顔とかどこに住んでいたかとかは全く。ただ見た夢を昔の記憶と誤認してる可能性はあります、確証はないので」
「覚えてる範囲でいい、言葉で説明できる?」
「……暗くて空気の悪い部屋に母と思わしき女の人がいる、その記憶だけ若干」
何日間も換気していないようなむわっとした部屋の空気と、カーテンから透けて見える太陽の光。視界には衣類や鞄が広がっていて、足の短いこたつ机の上は、食べた後放置したと思われるものが積み重なっていた。視界の右の方で肌着姿の女性が背を丸くして誰かと電話をしていて、自分は毛布から顔だけをだしてそれを見ていた。いつの記憶かも思い出せないのだ、多少記憶違いや脚色が入っている可能性もある。
「……」
「これは憶測なんですけど、無難に虐待か育児放棄じゃないですかね。それでストレス抱えて記憶がないとか、そんなもんだと思ってます。……根拠はないですが」
「記憶がないのはここに来る前のこと全部?」
「というか来てからしばらくのことも全然、知らないうちにここにいて、知らないうちに学校に通ってました。たまに年上のやつらが全く覚えのないこといじってきたりするので、そのころのことは曖昧なんじゃないですか?」
「例えば?」
「気味悪いくらい喋らなかったとか、爪噛む癖がひどくてずっと指先が血まみれだった、とか」
どちらも全く身に覚えがない。しかし、カオリさんをはじめとして証人が4人もいるのだからきっとそれらは事実だったのだろう。全員で口裏を合わせてからかう理由がない。
「他の子はここに来る前どうしていたか、とか聞いてる?」
「さあ、どいつもこいつも覚えてないんじゃないですか」
別に全くそういった話をしたことがないわけではない、けれどそういった話題を出すことに、いつからか罪悪感を抱えるようになってしまった。
「……そっか」
「それにオレより上のやつらは知らないけど、下のやつらはそこそこチビのときからここにいるはずですよ。気が付いた時には揃ってたんで。ヒマリはマジで赤ん坊って時にここに来ました。そのころのことは覚えてます」
オレがここにきてしばらくたったころ、母さんがまだ腕にすっぽりと入る大きさだったヒマリを連れて帰ってきた日を思い出す。
「その子については?捨てられていたとか、保護された、とか。被害者からも聞いてない?」
「それは全然。カオリさんはそういうことをオレたちに教えない人でした。ここにいるみんなは家族だからって、彼女はいつもそういってはぐらかすんです……本来なら一歳未満の子供は乳児院に預けられるはずですよね」
ここの施設はおかしかった。児童養護施設に入所している子供の中で、俗にいう孤児の割合は昔と比べて減っている。本来なら半分にも満たないはずの割合がここの施設は100%で、本来なら乳児院にいるはずの年齢の子もここにつれてこられていた。それに親族が引き取りに戻ってくるとかそんなことも一度もなかったし、里親なんて話もなかった。就職が決まった兄貴が今社員寮生活をしているくらいだ。
「詳しいんだね」
「……自分の親を探そうとしていた時期にちょっと調べてたので、形式的にはファミリーホームに近いと思うんですが、一応あそこ児童養護施設って枠組みなんですよね。なんか変だなと思って」
「そう、だね……」
「施設のこととか、親のこととか気になることをカオリさんに何度か尋ねましたが、彼女は答えてくれませんでしたし」
……あの記憶の女が母だとしたら自分が捨てられたことにもなんとなく合点がいくものなのだが、それすらヒントを与えられない。じゃあ誰なんだと答えたところで、アイカはアイカでしょう?なんて言われて。オレが知りたいのはそんなことではないのに、それをわかっていてはぐらかされる。
「……ずいぶんと他人行儀なんだね、親代わりでしょう?10年近く一緒にいた」
「ただの養護施設の職員ですよ。あなたたちと同じサラリーマン。ただ異動がなかったからずっと一緒にいたってだけで」
そう、あの人はここの職員でオレたちは預けられている子供。それ以上でも以下でもないのに、なぜかあの人たちはこの関係を家族と定義したがる。公立の施設だから普通は頻繁に異動があってもおかしくないはずなのに、どうしてかあの人はずっとここにいた。
「本当の親のこととか、施設のこととか、聞くたびに辛そうな顔をされるのでオレもそのうち聞くのをやめました。別にそんな顔が見たいわけでもないし、そこまでして聞きたいことでもないし。モメて居づらくなるのは自分ですから諦めたんです」
「被害者に不信感とかは抱いてたかな」
「……少しは。血もつながってないのに家族扱いされるのが嫌だったのと、本当のことを何も言ってもらえないことで嫌になることはありましたけど。別に嫌いとかじゃないですよ。考え方が違うだけであの人は優しい人でしたから」
だからやりにくいのだ。私はアイカを家族だと思ってるけど、そう思えないならそれでもいいよ、18になるまではここにいてほしいけど、大人になったら好きなように生きていいよ、なんていつも言って。そんなこと言われたらオレは折れるしかない。向こうに非はないからこそ、ずるいと思ってしまう。
「……ごめんね、単刀直入に言おう。現時点であの場所にあの時間にいなかった君は、我々の目からしたら怪しいとしか言いようがない」
「まあ、でしょうね」
それを聞かれるのは覚悟していた。中学生なのにあんな時間に帰ってきた。被害者と距離がある。それだけで他のメンツより疑われるのは仕方のないことだろう。
「それに……真崎くんから不良たちとつるんでいるかもしれないと聞いている。あの時間は誰とどこにいたんだい?」
あいつ、余計なこと言いやがって。
「ラーメン屋にいました」
「ラーメン屋?」
「旭岡の方にある
「……ああ、店があることは知ってるよ。入ったことはないけれど」
「あそこの店主、チーさんってオレは呼んでるんですけど、オレあの人と仲いいんです。施設に帰りづらい時とかよく食べに行ってて、場合によっては泊めてもらうこともあって。今日の……昨日の夜か、昨日の夜も学校帰りに寄ってご馳走になって、お店の手伝いして泊めてもらってました」
あの人はワケアリの人に優しかった。あの人自身がワケアリ《前科者》だから。
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