物語の山の上

シヨゥ

第1話

「勇者と言われた男の話をしよう」

 宿屋の店主は肖像画を手に話し出す。

「貧民の生まれで苗字はなく、ロジャーと呼ばれていた。彼は負けん気が強く、嫌なことは嫌という性質の男でね。納得がいかなければ身分の差など考えず食って掛かる。そんな男だったよ。

 そんなだから何度も捕らえられてはボロボロになって帰ってきた。それでも彼の心は折れなかったんだ。そんなことを繰り返してあれは何回目だったか。捕らえられて、何日経っても帰ってこない。『これは死んだな』って、みんな思ったころだ。ロジャーは帰ってきた。いや帰ってきたとは違うな。姿を見せた。こう言ったほうが正しいだろう。ロジャーは鎧を身にまとい、騎士様の側で槍を担いでいたんだ。

 その騎士様が今のケリー家の御当主様だ。なんでもロジャーの性格にほれ込んだらしい。『騎士見習いでもやらせてみたらどうだ』と言われちゃ誰も首を振ることなんてできやしない。ロジャーはケリー家の騎士として戦場を駆けることになったのさ。折しも数年前に終わったウッド家との関係がこじれだした時期さ。名を立てる機会は腐るほどあった。

 こうして武勇伝を積み上げていったロジャーは『勇者』と称えられるほどの人物になりあがったのさ」

 これで話は終わりと亭主は肖像画を置く。

「どうだい。ワクワクしたかね?」

「はい。僕もロジャー様のような勇者になりたいと思いました」

「そうかそうか。ロジャーのような勇者になりたいか」

「はい」

「それは残念」

「残念?」

「だって嘘だからな。ロジャーなんて奴はいない」

 そう言って店主はもう一度肖像画を持ち上げる。

「この肖像画は俺が若いころに描いてもらったもの。話は作りものさ」

 そう言われて顔が熱くなるのを感じた。そんな僕に店主は話を続ける。

「こうやって適当な肖像画に、適当な物語をくっつける。それだけでその人物がこの世界に居るような気がしてくる。要は人を人たらしめるのはその背後にある物語なのさ。

 お前たちのような若者はすぐに勇者になりたいという。これまでの話を踏まえてすぐ勇者になれると思うか?」

「……いえ」

「それでも勇者になりたいか?」

「それは、はい」

「そうか。お前は諦めないのか」

 残念そうに店主はため息をついた。そして、

「なら頑張ることだな」

 乱暴に頭を撫でてくる。

「物語を積み上げて、積み上げて勇者と呼ばれてくれ。そうしたら俺もこんな与太話をしなくてすむからな」

 話しは終わりとばかりに店主は立ち上がった。

「応援はしてるからな」

 店主が去っていく。『騙しやがって』とか『今に見てろ』とか恨み言をぶつけることもできるのだけれどもそれをぐっと飲みこんだ。言葉に出せば物語が薄くなる。そう思ったからだ。

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物語の山の上 シヨゥ @Shiyoxu

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