最終夜 月読の輪廻③

     ***


 九月になって、二学期が始まった。積極的に学校に行きたいという気持ちにはなれなかったが、始業式をさぼってしまうと、このままずるずるといってしまいそうな気がしていたので、無理にでも起床し制服のワイシャツに袖を通した。

 月読つきよの扱いについては、玉藻たまもが学校に休学届を出した。親の事情で一時的に米国のハイスクールに転学するというものだ。玉藻がハイスクールの入学許可証を手配し、サマースクールに参加するため、夏休みの途中で渡米したというシナリオになっている。同級生の倉持くらもち未子みこや大友美幸には事情を説明しておいたので、しばらくすれば月読の転学のうわさは沈静化しやがて話題にも上らなくなるに違いない。


 ひとりで通う通学路が物悲しくてたまらなかった。暑さの猛威が矛先ほこさきを収めていないのに、気分が一向に高揚しない。学校へ行くのが憂鬱で仕方なかった。それでも、月読との別れの直後の底なしに沈滞した気持ちと比べれば、朝起きて登校できるようになったのは前向きさを取り戻しつつあったといえよう。


 その気持ちをくれたのは、月読の子である。


 帰宅して玄関の扉を開けると、う~う~という声を発しながら、健造のほうへ向ってよちよち歩きで突進してくる。生まれてから二週間でいちおう二足歩行ができるようになるというのは、この星の人間では考えられない驚異的な成長速度であろう。健造は、自分の足にぺたりとしがみつく子を見て、カバンを置いて両手で子どものわきを掴んで高く抱き上げた。高い高いがしてほしくて、健造が帰ってくると一目散に突進してくるのだ。純粋で愛らしいこの赤子が、いまの健造のすべてであり、生きる支えだと確信する。


 「だんなさま・・おかえりなさいませ」

 玉藻が出迎える。最近、命言みことが好んで着ていた黒いカーディガンやロングスカートに身を包んでいる。さすがに外敵から身を守る必要はないので、刀はしまってあるようだ。


 「なにか、変わったことは?」

 「はい、食欲はありますし、発育は順調のようです」

 「そうか」

 健造は目を細めた。そして、もう一度、子どもを高い高いしてから、ゆっくりと床の上に下ろした。


 「だんなさま、実はその件で、少しばかりお話があります」

 そう言って、玉藻は、棚の上からカメラのような形の器械を取り出した。真ん中の円形の筒の部分を上に向け、テーブルの上に置いた。「こちらをご覧ください」と言ってスイッチを入れると、筒の先端部から光線が発射され、その光の束の中に人間の姿が映し出された。この器械はどうやら立体映写機のようだ。そして、映し出されているのは、どうやらこの子らしい。


 「お嬢さまの身体検査を行い、ようやくその解析が終わりました。お嬢さまの今後の成長予測についてご報告できる運びとなりました。これが生後一カ月後のお姿です」

 器械の脇についている小さなモニターを操作すると、成長した子どもの姿が映し出された。健造は息を呑んだ。


 「これは・・」

 「だんなさまは、ご記憶に新しいことでしょう」

 そう、雑木林ではじめて月読を拾ったときの姿にそっくりである。

 「これが生後二カ月、三カ月です」


 光の束の中で、立体映像が徐々に成長した姿を現している。どれをみても、健造が経験してきた月読の成長の過程にぴったりと符合する。

 「これって、月読の映像じゃないのか?」

 「いいえ、違います。お嬢さまの成長を予測したものです。無理もありません。月読さまの遺伝子をそのまま受け継いだ月読さまのご息女なのですから、外見上、目立った変化が生じないのは当然のことです」

 月読が最後に言っていたのも同じセリフだ。だが、妊娠のきっかけを作った健造じぶんが、この子と無縁というのは納得がいかない。健造は、おそるおそる玉藻に訊ねた。


 「月読の子であっておれの子じゃないとすると、その・・お、おれがキスして月読が妊娠したっていうのは、どう説明するんだ」

 それを聞くと、玉藻は、右手を口に当て、くくくと嘲笑するように言った。

 「だんなさまぁ、キスじゃ子どもが生まれないことくらい、きょうび小学一年生でも知ってますよ~」


 「し、知っとるわ~、それくらいのこと! バカにすんな! 地球人の性の常識はともかくとして、月読の妊娠をどう説明するかって聞いてるんだ」

 バカにされたよ、玉藻に! なんかこいつ、だんだん命言に似てきたような??

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る