最終夜 月読の輪廻② 

 「だんなさま・・」

 半開きのドアから、健造と子どもの様子を、玉藻たまもがじっと見つめていた。

 「玉藻か・・・すまん、おまえに子どものこと全部押し付けているようで」

 「いいえ、だんなさまの悲しいお気持ち、お察し申し上げます。実は、至急報告したいことがございます。ただいま、命言みことさまから通信がありました」


 健造は、はっとして、手の甲で涙を拭いながら訊ねた。

 「命言が? 月読つきよになにかあったのか?」

 「命言さまから、『月読さまが無事、冷凍コールド睡眠スリープ状態に入った』とのことです」


 「それは・・それはどういうことなんだ?」

 「ご説明するのが遅れました。わたしは、月読さまのご出産の際に、月に停泊中の枝分ブランチシップに赴き月読さまを受け入れる準備をしておりました。私の記憶メモリーには、枝分ブランチシップを始め冷凍コールド睡眠スリープ装置の設計情報が蓄積されております。その情報をもとに、船内各部の改修作業を行っておりました」


 月読は、地球に来る途中、冷凍コールド睡眠スリープ装置が機能不全を起こしたため、通常より早く眠りから覚めてしまったと聞いていた。

 「冷凍コールド睡眠スリープ装置は正常な機能を取り戻しました。ただ、睡眠状態に入るためには、一定のバイタルを維持しながら仮死状態に入らなければなりません。でないと、冷凍状態から復帰できないおそれがあるのです。月読さまの体が凍結に耐えられるかが問題でしたが、命言さまからの報告によれば無事眠りにつかれたそうです」


 「本当か? じゃあ、月読は生き帰れるのか?」

 「いまの状態では不可能です。現状で冷凍コールド睡眠スリープを解除しても、月読さまの体は原状復帰せず、目を覚まさない可能性が高いのです。しかし、進んだ医療技術を有するカムナバルの母船が将来、この星系に再び来訪すれば、細胞の活性化措置を施すことにより目覚めさせることは可能です。月読さまは、余生を過ごすことが可能となるでしょう」


 「その母船は、何時来るんだ」

 「わかりません。命言さまが様々な星系に向けて光子通信を発しましたので、それを傍受してくれれば、必ずや救助が来ると思われます。それまで、月読さまはずっと眠り続けるのでしょう」

 「そうか・・月読は、死んでなかったんだな」


 月読は生きている。生きたまま、何時いつ覚めるとも分からない、深く長い眠りについたのだ。それを聞いただけで、救われた心地がする。

 「玉藻! いつか、この子といっしょに月読に会いに行けるか? この子を母親に引き合わせたいんだ。目を覚まさなくてもいい。ひと目会わせてやりたいんだ」

 「ええ。地球こちらには、私を格納していたシャトルが元の場所に残っています。そのシャトルで、いつか月へまいりましょう。命言さまも首を長くしてお待ちになっているでしょう」


 「命言が? そういえば、命言はどうしたんだ?」

 「はい。命言さまは、月読さまが眠りに付かれたのを見届けたあと、すべての活動を終え、そのまま睡眠カプセルの横で待機されております。活動量を千分の一に縮小し、月読さまをずっと見守っておられるのです」

 「そうか・・あいつらしい忠義だな」


 健造は、月読と命言の様子を思い描いた。真空で物音ひとつしない月面で、昏々こんこんと眠り続ける月読の横で、命言はなにを考えているのだろう。自分と同じく、月読がいつか目覚めると信じて、じっと孤独に耐えながら見守っているのかもしれない。


 カムナバルの船団が来るのは健造じぶんが死んだ後で、もう目覚めた月読には会えないかもしれない。それでも、月読が目覚めた時、隣りに命言がいてくれれば、月読は孤独じゃない。そのときには、地球の思い出を語りながら、カムナバルの仲間たちと幸せな余生を過ごしてほしい。


 健造は、月読のこれからの人生を思い描いた。その人生がやさしさいっぱいに包まれるように、強く心に願っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る