最終夜 月読の輪廻①
月読がそばにいないという喪失感。ダイニングや洗面所、浴室はまだ月読が使っていた物で埋め尽くされていて、月読が生活していたことを思い出させる。茶碗、箸やマグカップ、歯ブラシ、せっけんにシャンプー・・月読が残していった物が散在している。そして、月読の部屋には学用品から化粧道具まで、生前の痕跡がそのまま保存されていた。
そこにいるだけで、月読の
そういった思い出の断片が、フラッシュバックのように脳裏に
何日経っただろう。日中は猛暑が続く、部屋の中でエアコンだけが終日切れ目なく稼働していた。健造の部屋は、夏の日差しの一片さえもが遮断され、LEDのペンダントから発せられる蒼白く冷たい光に照らされていた。時間が停止しているようであった。
空腹の感覚もなく、じっと動かないことによる体の痛みも感じなくなり、このまま死んでしまうのか、死んでしまったらずっと楽になるのかなという思いが、胸をかすめていた。かすんだ目でぼぉっと部屋の隅に目線を投げていたとき、そのかすれた視界を横切るものがあった。ドアのすき間からハイハイで入って来た月読の娘であった。新たな生命は、健造がすべての意欲を喪失し、生きることすら投げ出したいと願っているときも、成長をやめていなかった。
ここ数日のうちにも首はすわっていて、ひと回り大きく成長している。まだ、たどたどしかったが、手と足を、右・左交互に前に出し、一歩ずつ着実に前進しようとしている。少しでも前へ進もう、自分の知らない世界へ行こうとする、この子の強い意思を感じる。それは、健造のもとを去っていった月読の遺志ではないか。
月読の娘は方向転換し、健造のほうへ向って近寄ってくる。ハイハイの歩みを止めず、一生懸命に向かってくる。健造は両腕を広げ身を乗り出して、子どもを迎え入れた。そして、子どもが目の前にたどりついたとき、両手を伸ばして子どもを抱き上げ、高い高いした。月読の子はうれしくて、きゃっきゃっと笑いこけた。その小さな姿がかわいくて、切ないくらいいとおしくて、健造は子どもを胸に抱きしめた。
目から涙があふれた。両腕に、成長した子どもの重さをずしりと感じる。この重さは生命の重さ。月読が自分の余命と引き換えに、この世に唯一残した生命の重さだ。
健造は、声を上げて泣いた。月読はここにいた。死んでいなかった。生きて、だらしなく部屋に引きこもる自分に会いに来てくれたのだと。
そう思ったとき、健造の中に新たな決意が芽生えた。それは、月読と別れたのち、初めて生じた前向きな感情であった。
この子とともにありたい・・
月読の思いに応えられるよう、強くありたいと。
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