第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)⑧

 「できました。いまからプリントアウトします」

 突然、命言みことが作業を中断して席を立った。次の瞬間、プリンタが起動してモーターが回転する音が聞こえた。

 「ご苦労さまでした、命言みこと」 月読つきよがねぎらいの言葉をかけた。

 「えっ、なにが!?」

 健造は事情がわからず、狼狽してパソコンの画面をのぞき込んだ。画面には、いま作ったばかりとおぼしきファイルが開かれていた。健造は、画面をスクロールさせてみたが、命言が行った作業の内容は分からなかった。


 命言は、プリンタから排出された紙を数枚取り出して、健造に手渡した。

 「だんなさま、ただいま今年度の部活動予算の補正を終えました。懸案の陸上部強化資金ですが、いくつかの部活の予算から捻出することにしました」

 健造は血相を変えて命言に詰め寄った。

 「部活から捻出するって、勝手に予算を減らしたら、猛反発を喰らうだろうが!」

 「ご心配には及びません。各部活の予算を精査し、物品の調達先を変更して支出を抑制していったのです」


 命言の説明はこうだ。部活動の決算書を五年分精査したところ、経常的に発生する消耗品や備品類の経費が特定の業者から購入されている例が見られた。これらは、価格交渉をせずに、毎年同額の予算を計上し、生徒会との予算折衝でも承認されている。

 命言は、別の業者から相見積もりを取って比較することによって、支出の減額が可能だというのだ。


 「確かに、前年と同額で同一の使途だと、そのまま承認してしまうよな」

 「はい。経常的に使う支出は、なかなか思い切った見直しができないものです。ですが、その盲点にメスを入れるのも、生徒会の重要な仕事なのです」


 その言葉には承服できない点もある。健造はむすっとして反論した。

 「そうは言うが、古くから付き合いがある業者さんもいて、なかなか断れないだろ。こっちが強いことを言うと、必ず、『じゃ、おまえが安い業者を探して来いよ』なんて言われるのがオチなんだぜ」


 命言は、そんな健造の不平交じりの反論など意に介していないようだ。

 「ご安心ください。すでに、より安価な業者の選定は済んでおります」

 「なに!?」


 平然と言ってのける命言の言葉が、健造にはにわかに信じられなかった。この短時間のうちに、そんな情報を入手するなどあり得ない。だが、命言は顔色一つ変えず、いつもの調子で淡々と説明した。

 「全部活動の支出先といっても、のべ八十件程度です。これら支出先の同業者のサイトからサーバに侵入し、価格情報を網羅的に調査しました。その結果、多くの物品は今の業者より安い価格で購入できることがわかりました」


 そういって、命言は代替業者のリストを健造に提示した。健造は、そのリストをまじまじと確認した。そこには、業者の所在地と物品の価格情報が記載されていた。

 「このリストに記載された代替業者を各部活に提示して、正式な見積もりを取るように指示してください。その価格どおりの見積もりなら、その業者と契約してもいいでしょう。仮に元の業者を使うとしても、値下げ交渉の材料になるでしょう」

 健造は、目を見開いてリストを凝視していたが、命言の説明を聞いてその内容をようやく理解した。改めて、規格外の情報収集能力、情報処理能力に打ちのめされていた。


 「だんなさま、いかがですか、命言の提案は?」

 リストを見つめる健造の反応が気になって、月読がすかさず訊ねた。

 「いや・・まったく申し分ないんじゃないか。これだけの対案をもって臨めば、ほとんどの部は折れてくれるだろう」

 健造は、素直に命言の提案を認めた。いまとなっては、この案で押し通すしかないと直感的に確信していた。


 「そうですか。よかったです、お役に立てて! 命言、急に呼び立ててすみませんでした。いつもながらの働きに感謝します」

 月読は命言にねぎらいの言葉をかけた。命言はうなずいて、「では、私は仕事に戻ることにいたします」と言い終わると、さっとドアのほうへ顔を向けた。

 部屋の外で足音が近づいており、人の接近を感知したようだ。


 次の瞬間、がらっとドアが開かれ、扶佐子ふさこが姿を現した。扶佐子は、中に入ろうと一歩を踏み出して、ぴたりと足を止めた。

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