第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)⑦

 月読つきよは素早く制服に着替え直して、急いで学校にたどり着いた。生徒会室の灯りが煌々こうこうとついているのが見えた。月読が生徒会室に入ると、健造は予算書がじられたバインダーをにらみながら、パソコンと格闘していた。


 「だんなさま、お待たせしました」

 月読は、少し息を弾ませながら健造に呼び掛けた。健造は、月読を迎えて腰を上げた。

 「もう遅いんだし、自分のこともあるんだから、わざわざ来なくてもよかったんだよ」

 否定的な健造の言葉とはうらはらに、月読はパソコンに打ち込まれた作業中の表と、予算書の中身を見比べた。

 「予算の組み替えって、つまり特定の部活動予算を削るってことですか」

 一目見て作業の内容を言い当てたので、健造は驚きの眼差しで月読の顔を見た。


 「ああ、そんなところだ。負担を均等に配分すると、全部活動の予算を一律五パーセント近く削減しなくちゃならない。それだと、すでに執行中の部活は無理だし、買う予定の物品が購入できない部活も出てきて、影響が大きくなってしまう。

 だから、減額しても影響がなさそうな部活動の部費を削減しようと思うんだけど、それだと特定の部活の予算を狙い撃ちすることになるから、削減されたところはかんかんに怒るよな」


 健造は、頭をかきながら、うつろな顔でそのように説明した。いろいろ考えているようではあるが、名案が出ずに悩んでいるらしい。そんな切羽詰せっぱつまった様子が見て取れる。

 「だんなさま、ほかの方々は?」

 「扶佐子ふさこは、予算の減額の撤回を要求しに、副校長相手に直談判している。倉津さんは、陸上部に強化予算の内容を確認しに行っている。小野は、知り合いの部活を回って減額の余地がないか聞いてくると言っていた。なかなか戻ってこないところをみると、三人とも苦戦しているんだろうな」

 そう言って、健造は大きくため息をついた。どうも八方塞はっぽうふさがりのまま、時間だけが虚しく過ぎているようだ。


 「わかりました。どこにも影響が出ないように、最適な組み替え予算を作らなくてはならないというわけですね」

 健造の様子を見て、月読が冷静な面持ちではっきりと言った。健造は、むっとした表情を見せながら、月読のほうへ詰め寄った。

 「いや、簡単に言うが、そんなことは無理だろ! 必ず、どこか割を食うような部活が出るのはやむを得ないんだ」

 だが、月読は健造のそんな様子など意に介せず、話を続けた。

 「いいえ、元の予算を見直せば、何か方策はあると思います。そうですね、命言?」


 そう言って、月読は机へ視線を向けた。健造も、何事かと振り返り、思わずぎょっとして上体をのけぞらせた。

 「み、命言みこと!」

 命言みことが、作業中のパソコンに向かっていた。命言は、モニターに眼を走らせ、高速で何かを入力しているようだった。

 「おまえ、いつからそこにいるんだ!?」

 「いましがた、到着したばかりですが、先ほどの会話から事情はすべて理解しました」

 そう言っている間にも、キーを叩く連続音がけたたましく鳴っていた。なにか固い物体同士が接触し、こすれ合うような異様な響きに聞こえる。

 いや・・・、それよりも異様なのは、命言の服装だ。


 「おまえ、なぜセーラー服なんだ??」


 顔をしかめながら健造が訊ねた。いつもの黒ずくめとは異なり、白いセーラー服に赤いタイを巻いている。平素の陰鬱いんうつな印象とは異なり、やけに明るく見える。それもまた不気味で、普段の命言と比べると気味の悪さに拍車がかかっている。


 「だんなさま、ツッコむところはそこですか?」

 命言が平然と返した。

 「いや、そこだろ!いまのおまえ、そこしかないだろ!」

 健造も負けずに押し返す。


 「せっかく高校におじゃまするのですから、高校生らしくしてみたまでのことです。 どうです? 萌えるでしょう?」

 どうやら本気で高校生に見えると思っているようだ。


 「おまえ、見た感じ無理があると思うよ。それに、そもそもうちの制服じゃないだろ、それ! 毎日、月読の制服姿を見てるだろ」 青南高校の制服は、ブレザーである。だが、命言はそんなことは意に介していないようだ。

 「だんなさまのご指摘のとおりです。この制服は、当高校のものではなく、私の職場の制服なのです。着替える時間がなかったので、仕事着のまま、おじゃましたのです」

 「おまえ、夜どんな仕事してるんだよ!」


 こいつ、なんか怪しいことでもしてるんじゃないかと、そっちのほうが不安だ!


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