第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)⑥
月読が二人に向かいあいさつをするより早く、健造が口を開いた。
「ごめん、月読。これから生徒会に行かなきゃならなくなった」
「えっ、ああ、そうなんですか」
月読は、焦っている様子の二人を見て、返す言葉を失った。
「悪い、ちょっと図書室あたりで待っていてくれるか」
「わかりました・・そういうことなら、図書室で自習しています」
扶佐子は、ほとんど月読の顔を見ないで、「じゃ、ごめんね」と言って、先を急ぐように階段を上がっていった。健造もまた、ちらりと月読の表情を
生徒会か・・
月読は、本を広げながら、ため息交じりでぽつんとつぶやいていた。図書室は、時間があるときに、よくひとりで訪れる場所だ。古典が好きで、だいたいは古典全集の中からチョイスしている。すでに、源氏物語は読破した。歴史物も好きで、いまは四鏡を通読している途中である。
いつもはページに吸い込まれるように没頭する古典全集も、今日は読んでいて身が入らない。先ほどの健造らの、焦って先を急ぐ様子が気になっていた。時刻も四時になろうとしている。ちょっと待つくらいでは済まなさそうだ。月読は、読んでいた本を書架に返し、図書室を出て生徒会室へ向かった。
「失礼します・・」
戸をほんの少しスライドして、中の様子をそろりとうかがう。中では、扶佐子、倉津、小野と健造が、輪になって白熱した議論の真っ最中だった。四人とも椅子に腰掛けもせず、いつになく真剣、というか深刻な空気を漂わせながら向き合っていた。何か事件があったのかと、改めて確信がもてる。そんな、場の雰囲気だ。
これは出直さなくてはならないかと、月読が
「月読か・・どうしたんだ?」
どうしたんだ?とは、こっちのセリフであるが、そこは問わないように、月読はそろりと声をかけた。
「いえ、いつまで待てばいいのかわからないので、様子を伺いに来たんです」
「あ、そうか、ごめん。先に帰っていてくれないか」
健造は、はじめて気付いたように即答で返したが、さすがに悪いと思ったのか、理由を述べ始めた。
「いや、ちょっと予算の関係でトラブってしまって、もう一度、部活動費の折衝をやり直しになりそうなんだ」
「はぁ、そうですか・・」
予算上のトラブルといっても、内容がよくわからない。しかし、何か切迫している事態が生じていることはおおよそわかった。
「では、お先に帰ります。夕食の買い出しは、わたしがしておきますので」
「ああ、そうしてくれないか」
そう言うと、健造はまた扶佐子のほうへ向き直り、議論の続きを始めた。
予定していた通り、月読は駅近のスーパーで買い物を済ませ、そのまま帰宅した。家では、
ひとりでいるのが味気なくて、テレビのニュースを付ける。女性キャスターが抑えた声で淡白に読み上げるニュースが、ダイニングに虚しく響く。子どものときから、こうして健造の帰りを待っていたはずなのに、高校生になってから、ひとりでいる時間が耐えられなくなっている。それは、未子や美幸という友人ができて、現実の世界のことを知ったためなのだろう。孤独が募ると、なにか自分だけ取り残されたような疎外感に胸が
だんなさま、どうしているかな・・
声が聴きたくなる。仕事の邪魔するなよ、とか、怒られてもいい。なんでもいいから、健造とつながっていたかった。
一刻も待てない。そんな思いで月読はスマホのパネルに指をかけ、健造にコールした。
ツゥーというコール音が三回鳴って、「はい」という健造の声が聞こえた。
「すみません、いまいいですか?」
本当に仕事中だと悪いので、おそるおそる訊ねた。
「ああ、いいよ」
健造の声音から、そう焦ってはいない様子が感じられた。
「だんなさま、いつくらいに帰れそうですか?」
「あ、そうだな・・ まだ、しばらく帰れそうにないな」
「どうしたんですか? なにか緊急事態なんでしょうか?」
「いや、実は・・」
健造の話はこうだ。新年度に入ってから、急きょ陸上部が公式大会へ参加するにあたり、その強化メニューのための機器の購入費用が必要になった。学校側の裁量で補正予算を組むことになったが、どうしても資金が足りず、現在執行されている予算を組み直さざるを得なくなった。必然的に、各部活にすでに割り当て済みの予算を減額して、必要額を捻出するほかないという結論になり、生徒会に各部との調整を一任されたということである。
「それは大変そうですね」
「ああ。いきなり減額交渉をしなくちゃならなくなって、各部活から
「そうですか、それでだんなさまもお付き合いですか」
「おれにできるのは、予算の改定案を作るくらいなんで、明後日の臨時総会の資料を作ってるところだよ。というわけで、帰りが遅れるから、先に食べててくれないか」
健造は、観念したように言った。
「ちょっと待ってください! それなら、わたしにお任せいただけませんか」
月読は思わず身を乗り出して、スマホに向かって声を上げた。
「えっ、なんだって?」 健造の驚く声が聞こえていた。
「いまから学校に行きますから、少しの間お待ちください。きっとお役に立てると思います」
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