第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)④

 「おはよう、健造!」

 登校中、滅多に会うことはないのだが、今日は月読つきよが日直で少し早く家を出たため、通学の途中で接触することとなった。月読ははっとして、あわてて健造の陰に隠れた。扶佐子ふさこには迷惑をかけた負い目があるし、自分のことで話がややこしくなりそうだ。

 「おー、これが噂の従妹ちゃんだね。アメリカに帰った月読つきよちゃんのお姉さんかぁ」

 扶佐子は、めざとく月読を見付けてしげしげと品定めした。幼児姿だった月読が、扶佐子の家から無断で退出した事件のあと、健造は中富家に対して母親が子どもをアメリカに連れ帰り、代わりにその姉が急きょ帰国して健造の高校に転入することになると説明していたのだった。


 「すごい、似てるわ~ 妹ちゃんをそのまま大きくしたって感じだよね~ さすが姉妹だわ」

 そりゃ同一人物だからな、というツッコミは置いて、健造は、間髪を入れず訂正した。

 「い、いやぁ~ おれが間違えてて、実はこっちが『月読つきよ』なんだなぁ~」

 「えっ? あんた、なに言ってんの?」


 扶佐子は驚いて、健造の顔と月読の顔を交互にまじまじと見た。

 「い、いや、十年ぶりに姉妹と再会したんで、名前を取り違えてて。 この前の小さい妹が『月乃つきの』で、こっちが『月読つきよ』なんだなぁ。ほれ、おまえもあいさつして」

 「は、はい。初めまして、わたしが讃岐月読です。い、妹の月乃が先日、ご迷惑をおかけしまして、お詫びの言葉もございません」


「まあ、そういうわけだから、よろしくしてやってくれよ。ははは」

「ほんと、名前を取り違えるなんて、健造兄さんってば、あり得ないくらい、すかぽんたんですよね、ははは」


 兄妹で取り繕う茶番劇に、扶佐子は、解せないという顔をした。

 「十年ぶりって、妹ちゃんは生まれてないでしょが」

 しまった、と度を失う健造を、なにやってんですかという表情で、月読がにらみ付ける。


 「いや、それくらいはるか昔に会ったきりなんで。なあ、おまえもそうだよな」

 窮地に陥って、健造はとっさに月読に振り付けた。

 「はい・・わたしなんか、もうとっくに健造さんのことなんて存在すら忘れてたくらいで、ははは」

 「おい、おまえ、おれを完全に忘却するなんて、なにげに薄情なやつだな、ははは」


 必死に乾いた笑いを浮かべる即席兄妹漫才に、扶佐子はあきれた表情を浮かべていた。

 「あんたたちがあんまり仲良くないってことはよくわかったわ。まあ、兄妹喧嘩したときは、私が月読ちゃんの味方になってあげるから、遠慮なく訴えてきなさい」

 「はい、そのときはよろしくお願いします、扶佐子さん!」


 月読は深々とあいさつした。扶佐子は笑顔でそれに応えたが、ふと顔を強張こわばらせた。

 「ん、なんで、私の名前知ってんだっけ?」

 「へ?」 しまったという顔で、月読がおろおろと狼狽ろうばいする。そこへ扶佐子がまじまじと月読の顔をのぞき込んできた。


 「あなたとは、なんか初めて会った気がしないのよね」

 そこへ、健造があわてて間に割って入った。

 「いやあ、扶佐子のことは普段から、こいつによく話していたんで。なんてったって、妹を預かってもらってた大恩人だからな」

「そうです、そうなんですよ。それに扶佐子さん、生徒会長じゃないですか」


 そう言うと、扶佐子は簡単に納得した様子で、「まあ、そうよね。知らない後輩からもよく声かけられるしね。いやぁ、有名人はつらいわ」と言って、がははと貫録を示すように笑った。

 健造も月読もそろって、危うく墓穴を掘ったかもしれないとほっと胸をなでおろした。初対面であることを取り繕うのも楽じゃない。

 「わたし日直ですから、先行きますね」

 「ええ、じゃあ、またね」

 月読は二人を置いて、逃げるようにして先に校内へと入っていった。だが、その光景を観察する眼があることを、月読は知る由もなかった。校内随一のゴシップメーカー、倉持くらもち未子みこは、その一部始終を見逃すはずがなかった。


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