第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)③

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 月読つきよは編入後二週間が経った今日この頃は、学校に行くのが楽しくてたまらないようだ。無理もない。補導の一件以来、普段は日中の外出も許されず家に閉じ込めっぱなしだったから、ようやく拘束から解放され現実世界の自由な空気を楽しみたいのであろう。いや、そもそも長らく宇宙を放浪していて、地に足を付けた生活と未知の文明との接触というイベントのひとつひとつが、月読にとって初体験なのだ。毎日の刺激を、月読は能動的ポジティブに受け止めて何でも吸収しているようだ。


 早一週間のうちに、健造のクラスにも同居人である帰国子女従妹のうわさが舞い込んでくる。眉目びもく秀麗しゅうれい、学業優秀、そして身体壮健でおよそ欠点が見出せないとの評価である。先日も体育の授業で、陸上部の女子生徒との一〇〇メートル走勝負に余裕で勝ってしまったのは、出来過ぎの感がある。


 しかし、それ以上に度を越していると思えるのは、「国語総合」の授業だ。命言が収集した情報の中には、古典の知識もあったらしい。それを強制入力したものだから、月読は滔々と平安文学を朗読し、その意を解することができた。



 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の 中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり。

 翁言ふやう、「われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。子になり給ふべき人なめり」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。

 美しきことかぎりなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ。



 竹取物語の冒頭の一節であるが、国語の授業中、暗記しているかのように淀みなく読み上げる月読の姿があった。そして、月読は竹取翁とかぐや姫との出会いを淡々と意訳して、クラスメートの度肝を抜いて見せたのだった。

 古典をも解する帰国子女というのは、極めて不自然で出来過ぎの感もあるが、そんな不安をよそに、周囲は月読のことを「努力家で完璧主義者」ととらえているらしく、古典が得意な帰国子女もありと自然に受け止めてくれているようだ。


 雑木林での邂逅かいこう以来、よもやこんなふうに月読と肩を並べて登校することになろうとは夢にも思わなかった。乳児だった月読は、いまやれっきとした高校一年生で、きっちりと学業をこなしている。朝の通学路、楽しそうに学校の話をする月読に、次第に違和感を抱かなくなっていた。


 「だんなさまも、国語の時間に『竹取物語』を読みましたか」

 古典の話になると、月読の目が輝く。自分が不得意なだけに引け目を感じる。

 「かぐや姫のストーリーは、昔話の絵本で読んで当然知ってるよ。ただ、原典を読むとなると別だけどな」

 幼稚園のころの記憶。竹取翁との出会いから、昇天して別れるまでの有名なお伽噺とぎばなし。でも年を経て、古典の授業で扱われるまで、そのあらすじさえ念頭をかすめたことはなかった。


 「命言が、前に言ってた。おまえがかくや姫に似てるって。いまとなっては、おれにも分かる気がするよ」

 「わたしがですか? そんな、わたしなんか、まだまだ子どもですし・・」

 月読は恥ずかしそうに俯(うつむ)いた。ちょっと照れていたようだった。

 「すぐにデカくなっちゃうところなんて、ほんとそっくりだよな」

 無神経な健造の言葉に、月読はすぐにムッとした。


 「そこですか、似てるところって! 美しくて、気品があるとか、お姫さまっぽいところはないんですか!」

 むくれて食ってかかる月読を見て、健造はしまったと思った。

 「いや・・おまえもそのうちに、きれいに成長するといいよな」

 「いまがどうしようもないような言い方、しないでくれます? まあ、確かに見た目はまだ子どもですけど、すぐに大きくなってかぐや姫さまみたく、男の人がいっぱい言い寄ってくるくらい、きれいになっちゃいますよ」

「その時が来るのを、首を長くして待ってるよ」


 そう言って、健造は月読の頭を撫でた。高校生とはいっても、中身はかわいらしい子どもだと思った。月読も矛先ほこさきを収めて、これ以上反抗するのを止めた。

 「おまえ、そういえば、部活決めたか?」

 健造は、月読の学校生活を案じて話題を切り替えた。

 「いえ。陸上部から何度かお誘いは受けたのですが、わたし特に興味がなくて」

 いきなり目立つことをしたから、当然の反応だと思う。健造は、同級生から頼まれていた勧誘話を切り出した。


 「なあ、英語部っていうのはどうだ?」

 「『英語部』ですか?」

 「去年のおれのクラスメートで石上いしがみってやつに頼まれたんだ。『帰国子女の従妹がいるんなら、ぜひ入部を勧めてほしい』って。帰国子女が入ってくれるなら、英語部の活性化にもつながるし、ぜひとも欲しい人材であるわけだ」


 石上いしがみ麻樹あさきは、健造の高一のときの級友だ。クラスでは比較的仲が良く、休日、町で偶然会ったときは、食事を共にしたこともあった。ただ、彼は英語部の部員で、一年生ながらスピーチコンテストの全校代表にも選ばれたほどの実力者であり、部活動に打ち込む成績優秀者という肩書きで通っていた。

 健造とは、級友の範疇を越えたつきあいはなく、二年に進級し違うクラスになると、あまり接触はなくなっていた。ちょっと前に、この石上から、帰国子女の従妹に英語部への入部を勧めてほしいと頼まれていた。


 健造は、月読は見た感じ体育会系ではないし、英語の能力は十分だから悪い話ではないと思った。石上も、海外生活が長いんで何かと不自由じゃないかと気遣ってくれている。しかし、月読の顔は冴えなかった。

 「私ですね・・」

 そう言い掛けたとき、中富なかとみ扶佐子ふさこが後ろから兄妹の間に割って入って来た。

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