第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)②

(前回から続く)

 命言みことの差し金(?)で毎朝のお目覚め学芸会は続いているが、以前とは違い、一週間前から月読つきよは健造と同じ高校に通い始めている。クラスは、一年A組である。


 登校初日は、緊張の連続だった。

 健造は、月読の外見が高校生に見えないことを危惧した。月読は驚異的な速度で成長を続けているとはいえ、現在のみかけはせいぜい十二、三歳といったところだ。顔付きがふっくらして頬が赤く、まだ子どものあどけなさが残っている。背丈も一五〇センチに到底満たず、新調した制服もぶかぶかだ。

 そこで、下着を重ね着して体のサイズをカサ上げしてみたり、底の厚いシューズを履いて背丈の印象を誤魔化ごまかした。また、髪を分けて下ろすなど、少しでも顔の印象を隠す工夫が行われた。


 学校というものを経験したことがない月読つきよは、緊張のあまりガチガチになっていた。当日の朝、登校するのが怖くなって、いまにも泣き出しそうな顔で「明日からにしますぅ」なんて言ったものだから、健造と命言みことと二人がかりで着替えさせ、強引に手を引っ張って連れて行くのに相当手こずった。


 しかし、ふたを開けてみると、クラスメートは月読を快く受け入れてくれた。それは、「帰国子女」という設定が功を奏したというべきだろう。マサチューセッツ州ボストンというアメリカ東部の歴史ある文教地区で三年間を過ごしたといえば、クラス全体が未知の王国から舞い降りて来た魅惑の姫君とぐうしてくれよう。しかも、その姫君は、最上級の高位魔術に匹敵する「英会話」という異能を駆使できる存在として、一般の生徒から崇拝の対象とされる。


 実際、英語の語彙ごい、文法、会話力については、命言が前頭葉を強制的に開発しており、帰国子女はおろか、おそらく米国人ネイティブとしても疑う余地はないであろう。さらに現地での学校生活に関する記憶まで擬似的に創作している。学校のクラス、先生や友人の名前、休日のアクティビティなどの基本設定を入力しており、あえて架空の事実を取り繕わなくても、よどみなく質問に答えられるようにしている。

 こうして、自己紹介後にクラスの一員として迎えられると、休み時間には月読の周囲には多くの人だかりができていた。「海外生活は何年?」とか、「いままで滞在した国は?」とか、「お父様のお仕事は?」など、想定内の質問に無難に答えた。級友クラスメートたちは、月読を通じてまだ経験したことのない地への想像を膨らませ憧れを募らせていくのであった。


 ただし、現実も明かさねばならない。両親は現在、アメリカ西海岸のサンノゼに駐在しており、自分だけ一時帰国していること、そして、

 「一学年上に従兄いとこがおりまして、共同で生活しています・・」

 健造という同居人の存在は、公然の事実として秘匿できない。「わー、男の人と同棲なんて、さすが帰国子女!」という反応があり、保守的な校風の元での同棲カップルの存在は大いに盛り上がりを見せた。

 しかし、「で、その従兄って、だれ?」との問いに、「二Eの讃岐健造さんです」と答えると、皆の熱狂は一気に沈静化した。健造の知名度の低さ、存在感の希薄さが幸いし、それ以上この話題の詮索せんさくが広まることはなかった。


 そんなクラスの輪の中で、とりわけ月読に興味を持つ同級生がいた。


 「あんた、アメリカから来たんだって? か、かわいいなぁ、おい!」


 おやぢのような口調で寄ってくる同級生に、月読はびくりとして身構えた。おそるおそる顔を向けると、見たことがある顔が近付いてきた。幼児姿のとき、手を引いて校舎を案内してくれた倉持くらもち未子みことの再会である。とはいえ、相手はそのときの幼児が、同級生として現れるなどとはよもや夢にも思っていないだろう。

 「いやぁ、軟らかくておいしそうだなぁ~ ねぇ、ちょっと触ってもいいかぁ?」

 未子みこはそう言って、両手で月読のほっぺたを撫で始めた。未子の手は高速で振動し、月読の頬が波打つように揺れ動いた。


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、未子! いきなり失礼じゃないの!」

御子の傍若無人な態度に、仲良しの大友おおとも美幸みゆきが割って入った。ウェーブのかかった髪が揺れ、相変わらずの高い女子力を見せつけられる。

 「いいじゃないかぁ。これが日本式のあいさつってことで」

 「これが普通のあいさつだって思われたら、クールジャパンのイメージが崩壊しますわ! 初めまして、わたし、大友おおとも美幸みゆき。こちらが、倉持くらもち未子みこですわ」

 「よろしくね」

 「讃岐さぬき月読つきよです。よろしくお願いします」


 いきなりの洗礼にたじろいだが、まさかあのときに案内してくれた二人と同級生になろうとは、当の月読でさえ夢にも思わなかった。

 「ん・・あんた、ひょっとして」

 何かに気付いたように、未子がいきなり月読の顔を覗きこんできた。

 「は、はい・・!?」 まさか初対面でないことがバレたのかと、月読は一瞬色を失った。


 未子は両手を伸ばして、もう一度、月読の頬を撫で始めた。再び月読の頬が、高速で波打った。

 「ほぁ、ほぁい?」

 「なんか、このほっぺの感触、どこかで触ったことがあるような・・」

 未子は考える表情を見せながらも、両手を動かすことを止めなかった。


 「いい加減になさい!」

 美幸の拳が、ごつんと未子の頭に振り下ろされた。

 「な、なに? 痛いわね!」 未子は頭を抑えながら訴えた。

 「月読さんに失礼でしょ!」 そして、美幸は月読の方へ向き直り、「大丈夫、怖がらなくてもいいわよ」と声を掛けた。


 「未子は、三人兄妹の末っ子で、自分より年下っぽい女子が大好きですの」

 「あー、それじゃまるで、わたし、ロリ趣味の腐れ外道みたいじゃん!」

 「そうは言ってないでしょう。でも、失礼かもしれないけど、あなたあどけなくてかわいらしいから」

 「い、いえ・・わたし、まだ年齢相応に見られないって、よく言われますから」

 なんとなくこの人に絡まれる理由が分かったと、月読は苦笑を浮かべた。

 「まあ、それはともかく、これからよろしくね。なんか、あんたとは初めて会った気がしないんだよね」

 「そうですね。わたしもよろしくですわ。わからないことがあったら、何でもわたしに聞いてくださいな」

 「あれ? あたしは、含まれないのか? あたしは頼りにならないか?」

 「はい、はい。未子もこれまで同様、面倒をみて差し上げますわ」

 なんでこの二人が仲がいいのか分からないけど、楽しそうな関係だ。

 「こちらこそ、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」

 月読は二人の前で、深々と一礼した。


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