第二夜 かぐや姫養育日記⑬

          ***


 「だんなさま・・」

 体を揺すられる。月読つきよに起こされるのは、毎朝の光景だ。今朝は、扶佐子ふさこの家に寄って、昨日のことを謝らなくては・・ 朦朧もうろうとした意識の中で、朝やるべきことを一つずつ列挙していた。

 「だんなさま・・」

 月読が、不安げな声で体を揺り動かしている。よく透る声、語調もはっきりして落ち着いた声がする。穏やかな少女の声が・・

 「・・・!?」

 あわてて上体を起こした。月読の声じゃないだろ、これは。


 強制的に目覚めた意識の中で、おそるおそる首を横へ向ける。

 「だんなさま?」

 横には、黒髪の少女が正座していた。身長は、一二〇センチくらいだろうか。背丈が伸びたから、頭が相対的に小さく見え小顔になった印象だ。髪は肩を越え、毛先が真っ直ぐにすっと伸びていた。小学校中学年くらいの少女の顔立ちになっている。

 「月読つきよ・・なのか?」

 「は、はい・・」

 「どうしたんだ、おまえ・・」

 「わかりません。今朝、起きたら、こんなになってました」

 今朝は、また一段と成長したようだ。命言みことが言っていたように、本人が成長を望む気持ちが強いと、身体が促成されてしまうのだろうか。

 「これじゃ、扶佐子ふさこの家に行けないよな・・」


 さすがに、これが昨日ご迷惑をかけた月読ですとは言えまい。どうしようか、やはり一人でお詫びに行くかと思っていたところへ、「おはようございます」と命言がひょっこりと現れた。何ごともなかったかのように、「朝食の準備ができております」とすました調子で言ったものだから、さすがにかちんと来た。


 「おまえ、帰ってたのか?」

 「はい。今朝、未明に帰宅しました」

 「月読をほったらかして、どこ、ほっつき歩いてたんだ」

 「申し訳ありません。急な欠勤が出て、シフトを替わってほしいと頼まれたもので」

 「バイトが忙しいなんて、言い訳になるか! 連絡が取れないから、大変だったんだからな!」

 「お詫びの言葉もありません」

 無表情で平然と言ってのけるのは、感情のないアンドロイド相手とはいえ腹立たしい。こういうやつは、行動プログラムを改変しなければ言うことに従わないのだろうとあきらめ、朝っぱらからこれ以上、説教するのはやめにした。


 「まあ、いいや。ちょうどいい。おまえ、すぐに着替えろ。扶佐子の家に謝りに行くから、おまえも付き合え」

 「私がですか?」

 「そうだ。おまえ、月読の『母親』になりすまして、迷惑掛けたお詫びに付き合ってくれ」

 「そう思って、粗品を用意しておきました」

 命言は、きれいに包装された菓子折りのような包みを取り出して、健造に差し出した。

 「いきなり、どこで調達したんだよ!」

 手回し良過ぎだろ! 気が利くんだか、利かないんだか、分からなくなってきた。


 健造は、こほんと咳払せきばらいをして話を続けた。

 「それで、月読がこんなになってしまった以上、扶佐子の家には預かってもらえないだろう。だから、ちょうどタイミングよく母親が戻って来て、アメリカに連れて帰るってことにしなきゃな」

 「なるほど、それはよろしゅうございます。さすが、わが主。かようなこずるい言い訳を考えるのは、天下無双ですな」

 こいつ、幕府の老中か、藩の家老にでもなった気か?

 「つまらないところでほめ殺さないでくれよ。それじゃ、おれが言い訳しか能がないみたいじゃないか」


 命言が帰って来たのは、丁度いいタイミングだったかもしれない。問題行動を起こして、どの道、扶佐子の家に預かってもらうのは忍びない。これ以上、迷惑をかけられないから、断る口実が出来たのは幸いだ。

 「それにしても、昼間、月読を一人で置き去りにする生活に逆戻りだよな」

 「ご心配には及びません。私が、日中、月読さまの教育をいたしますので」

 「えっ? だって、おまえ昼間、バイトがあるとか言ってなかったっけ?」

 「昼のバイトは、昨日をもって辞職いたしました」

 「いいのか? それで」

 「はい。ある程度元手ができましたので、投資でも始めようと思います。それと、夜のバイトは今後も継続します。私が夜、家に居てはだんなさまも落ち着いて、思春期の男性としてやるべきことができないでしょうし」

 命言は、右手を口に当て、くくくと嘲笑するような表情を作った。なんか、こいつおれのことをバカにしてるよな!


 「それで、いまさら月読を教育するって、一体、何を教え込むんだよ」

 「学校に行くための準備です」

 「『学校』だって?」

 健造は驚いたが、心の中で賛成した。体も十分大きくなったし、すでに小学生として十分だろう。月読に必要なのは、同年代の友達を作って早く地球の生活に馴染むことだと思っていた。早くもその時が来たのだ。


 「これから入学手続きをとります。月読さまには、二週間後から通学を開始していただきます」

命言の提案に、健造は一抹の不安も覚えていた。最大の不安は、月読の成長速度だ。今朝のように、別人と化すような急激な成長が、今後起こらないとは限らない。そうした場合に、どう説明するのだろう。何か、誤魔化す手立てがあるのだろうか。

 「おれも月読が学校に行くのに賛成だ。だが、月読の体のことを、どう説明するんだ。小学生のうちに急激に成長する子はいるけれど、さすがに今朝みたいなことがあったら、先生や同級生に申し開きできないんじゃないか」


 健造は命言にそう訊ねた。だが、命言は涼しい声で平然と答えた。

 「だんなさまは勘違いをしておられます」

 「えっ? おれが、何を勘違いしてるって」

 「月読さまが行くのは、高校です」

 「こ、『高校』だって?」


 健造は、驚いて月読の姿をもう一度凝視した。確かに、背丈が伸び、少女真っ盛りの外見だ。だが、高校生というには、あまりにあどけなさ過ぎる。大体、数日前まで、発語もない幼児だったわけで。

 「いくらなんでも、それは無理じゃないか?」

 健造は、興奮して命言に訴えた。


 「現在の発育速度からいきますと、二週間後にはなんとか高校生に見られるくらいには成長なさるはずです。その頃には、さすがに成長のスピードも一服しますので、だんなさまのご懸念の問題もクリアできます」

 「ちょっと待て! 高校って、いまから編入できるところなんて、この近くにないだろう!」

 この地域は文教地区で、編入のハードルが高いことは、健造もよく知っている。

 「ご心配には及びません。国際化に力を入れている高校が多いので、海外の高校から編入することにすれば、受け入れてくれる学校はあります。いくつかの高校の編入学要項を調査した結果、健造さまの高校が最適と判断しました」

 「おれの高校だって!?」


 数日前に拾って、昨日は泣きやまないのを抱っこしてあやして・・そんな幼児が、自分と同じ高校生になるなどと、誰が想像できよう。

 健造は、再度月読の姿を見た。月読は、「わぁ~い、だんなさまと同じ高校生ですね~ ふつつかものですが、よろしくお願いしますね~」と大喜びだ。


 「待てよ、おい! まさか、おれと同じ学年じゃないだろうな」

 「ご安心を。一年生に編入する予定です。お嬢さまも、よろしいですね?」

 「わたしは構いません。わたし、だんなさまの妹ですもの」

 健造は、頭を抱えた。目の前に、さらに予想できない現実が展開しようとしていた。月読と一緒の高校生活!? それがどのようになるのか、いまの健造には夢想だにできなかった。


 「だんなさまの従妹という地位に甘えず、誠心誠意ご奉仕します」

 「いや、従妹なんだから、おとなしく従妹らしくしてくれよ! てか、おまえ、本当におれの高校に来る気か? 冗談じゃない、おれはそんなの認めないからな!」

 喜色満面で抱負を語る月読の言葉を、ダメ出しで返すものの、今のテンションでは到底聞き入れられるとは思えない。


 「だんなさま、早くしないと、中富さまのお宅にお詫びに行く時間がなくなってしまいます」

「あー、忘れてた。おまえがショッキングなこと言うから!」

 健造の悩みは、まだまだ尽きないようであった。


 (次回、高校生編!)

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