第二夜 かぐや姫養育日記⑫

 健造は、コンビニに寄って夕食を購入し帰宅した。扶佐子ふさこの家で振る舞われるはずの家庭料理が、定番のコンビニ弁当になってしまった。それでも、月読つきよは満足そうだった。

 「いただきます!」

 声を合わせて、弁当に箸を付ける。幼児と二人の夕餉ゆうげの時間。ささやかだが、落ち着くひとときだ。こんなふうに、誰かと夕食が食べられるなんて思ってもみなかった。

 いままでは、たった一人で何も思わず食べていた。空腹を満たせば、それだけでよかった。一人で食べるのが味気なくて、見たくもないバラエティ番組を大音量でつけていた。孤独をまぎらわしたかった。淋しさを誤魔化ごまかしていた。


 「月読つきよ、明日は一人で家にいられるか?」

 健造は、唐揚げを箸で突っつく月読に訊ねた。

 「わたし、家にいてもいいんですか?」 意外そうな顔で月読が答えた。

 「ああ、おまえがいたいのなら、そうしろよ。その代わり、勝手に外出しちゃだめだからな」

 「わかりました・・」 今日のことを反省する気があるのか、月読は項垂うなだれて答えた。そんな様子を見て、健造は諭すように月読に言った。


 「明日、朝早く起きて一緒に扶佐子ふさこのところに謝りに行こう。それでバス停まで送るから、そこから一人で家に帰れるな」

 月読の顔が一瞬、元気を取り戻すように輝いて見えた。

 「はい、扶佐子さんのお母さん、とってもいい人でした。もう一度会って、お詫びを言いたいです」

 「好意を台無しにしちゃったからな。でも、気にすることはない。明日、しっかりと説明すれば分かってもらえるって」

 「はい、そうしたいです。今日の夕食、ご馳走になれなくて残念でした」

 「いいよ、もう。しがないコンビニ弁当でも、一人で味気なく食うわけじゃないからな」

 「だんなさま・・、わたしもです。だんなさまと食べるご飯がいちばんおいしいです」


 健造は、思わず微笑んだ。大人ぶったことを言っても、中身はやっぱり子供なんだ。そう思うと、慣れない手付きで唐揚げを口に運んでいる月読が、たまらなくいとおしかった。

 「なんだか、おれたち、本当の家族みたいだな」


 健造は、思ったことを率直に口にしていた。言葉にして、我ながらおかしなものだと、苦笑が漏れる。ついこの間まで、月読も命言も厄介者やっかいものだったはず。でも、食卓に自分以外の誰かがいることに、違和感を覚えなくなっている。そればかりか、少しでも誰かがそばにいてくれることを願っている。

 「はい、健造さまはわたしの兄です。だから、わたしも家族だと思ってます」

 月読も満面の笑顔でそう応えた。お互い孤独じゃないことを確認したようであった。


 「わたし、おにいさまに、いつか叶えてほしいお願いがあるんです」

 「ん、なんだ? なにか、ほしいものがあるのか?」

 月読は、人見知りする子どものようにもじもじしていたが、健造に向かってはっきりした口調で述べた。


 「だんなさまの子種をいただきたいのです!」


 「・・・」

 健造は硬直して、握っていた箸をぽとりと落とした。


 「おまえ、意味分かって言ってるのか?」

 「はい、だって、だんなさまは、わたしのおにいさまですもの」

 「いや、わかってないだろ! 家族同士でふつう、そういうことしないの! そもそも、『そういうこと』ってわかるか? いや、どこで覚えたんだ、そういうこと!」


 にこにこ笑っている小さな月読の前で、純情高校生の健造は周章狼狽しゅうしょうろうばいし、幼児の前では決して明らかにできない指示語を連発して、堂々巡りを繰り返していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る