第二夜 かぐや姫養育日記⑪
子ども・・くらいの大きさのその影が、かすかに揺れた。
健造は、坂道をぜいぜいと息を切らせながら上った。人影もその姿を認めて立ち止まった。逃げようとはしなかった。
「
呼び掛けた。
「帰ろう」
健造は、月読の頭を撫で手をつないだ。そして、上って来た道を二人並んで下っていった。月読が扶佐子の家を出た理由は問わなかった。無事、見付けられた。それだけでよかった。
月読は、健造の顔を見上げていた。街灯に照らされた表情を窺っているようだった。
「おうちに帰るんですよね」
「そうだよ。もう真っ暗だしな」
突然、月読がわっと泣き出して、健造の脚にしがみ付いた。こらえていたものが、一気に噴き出したように、涙がとめどなく頬をこぼれていった。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・」
健造は、もう一度、月読の頭を撫でてやった。それでも、月読は泣きやまなかった。
「おうちに・・おうちに帰りたかったんです・・それで、お掃除をして、ご飯を炊いておきたかったんです・・」
「ご飯? 今日は、扶佐子の家でおれもご馳走になるって話だったんだよ」
「でも、お米をといで、スイッチを入れるの、わたしの大事なお仕事なんです。だんなさま、毎日、お腹すかせて帰ってくるでしょう。すぐにご飯を食べられるようにしておきたかったんです」
「おまえが心配する必要はないんだよ。おれはずっと、一人暮らしでやってきたんだから」
「だって、わたし、何かお役に立ってないと、おうちにいさせてもらえないんです」
何だ、そんなことを心配していたのか。健造は、月読の背中をさすりながら言った。
「そんなことで、月読を追い出したりしないよ。家の仕事は、おれや命言に任せておけばいいんだよ。それより、なんで歩いてきたんだ。バスに乗れば、いいじゃないか」
もしものときのために小銭を渡している。バスの乗り方は、無論分かっているだろう。
「お金を使っちゃうと、おうちに帰ったことがわかってしまいます・・」
「また、戻ってくるつもりだったのか?」
「はい・・ギリギリ大丈夫だと思いました」
「いいか、大人に黙って家を出るのはよくないからな。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・」
月読はまたひとしきり泣いていた。本当に反省しているようだった。健造は、携帯を取り出して扶佐子に電話した。扶佐子はほっとした様子だった。そして、代わってもらい、母親にもお詫びの言葉を述べた。母親も心配していた様子だったが、ともあれ無事、月読が見つかったことを喜んでくれた。
通話が済んでからも、月読はまだぐずっていた。健造は、月読と手をつないで丘の道を下った。
「今日は、弁当を買っていこうな」
「はい」
「なにがいいか、考えておけよ」
「はい、わたし、なんでもいいです」
自分よりもずっとお腹がすいているんだろう。夕食の話をしたら、途端に泣きやんでいた。まだまだ子どもなんだなと、健造は心の中で思った。
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