第二夜 かぐや姫養育日記⑩

 健造は、帰り仕度をして急いでバスに飛び乗った。この時間だと、いったん駅に出てバスを乗り継ぐ方が早く着く。バスに揺られながら、健造は今朝の月読つきよの様子を思い浮かべた。別れ際に、扶佐子ふさこの母親に手をつながれながら、悲しそうな顔でじっと健造を見送っていた姿が浮かんできた。

 ほんの数時間なのに。扶佐子ふさこの家には、大人や遊び相手がいて、決して淋しくないはずなのに。なんで、そんな悲しい顔をするのか。そして、自分もまたなぜこんなに切ない気持ちにとらわれるのだろうか。

 二十分ほどかけて、健造は家に帰り着いた。家の鍵はかかったままだった。


 「月読つきよ!?」


 鍵を開け中に入り、月読の名を呼ぶ。部屋の中はしんみりとしていた。灯りを付け、家の中を探す。月読の部屋も浴室も探したが、姿が見えなかった。まだ家に帰っていないのか、と思った。

 健造はリビングに立ち、がらんどうの家の中を見渡した。誰もいない家の中は、ただしんとした閑けさが茫漠と広がっていた。


 月読は、ここで何をしているのだろう


 ふとそう思って、健造は部屋の中をもう一度見渡してみた。小さいからだで、洗濯をして掃除をして、命言みことの作り置きのお昼を食べて・・・ 

 健造は日中、ひとりで過ごす月読の様子を思い浮かべた。本を読んだり、テレビを見たり・・、そんなこと、二時間もすれば飽きるじゃないか!


 命言が帰るのはいつも夕方だ。しかも、今日のようにシフトの関係で遅くなる日もある。朝から夕方まで、話し相手もいないまま、ずっと孤独に過ごしているのか。

 健造は、愕然がくぜんとした。命言の説明が真実であれば、月読は、親が死んで何年も宇宙を彷徨い、ようやくこの地球ほしにたどり着いたのである。身を寄せる場所も縁者もないままに。

 これじゃ、宇宙を放浪していたときと、同じ生活だ。こんな狭い部屋に月読を押し込めておいて、何を保護者づらしていたのか、おれは!

 そう思うと、急に自責の念が湧き上がり、きりきりと胸を締め付けた。健造は、たまらなくなって家を飛び出した。


 月読はどこへ行ったのか。月読なら、どこへ行くだろう。当てどなく走る。

 日が暮れようとしている。体中が火照ほてり、汗がにじみ出てくる。命言みことに電話をかけるが、仕事中は切っているようで応答がない。

 いじけて近くの公園にでもいるのか、あるいは帰り道が分からず迷子になっているのか、またスーパーで夕食の食材でも買っているのか。見当がつかない。

 見当がつかない理由は分かっている。月読と、まともなコミュニケーションをしていないからだ。月読を外見相応の幼児として見ていた。月読の趣向や性格について、知ろうともしないでいた。


 健造は、行き付けのコンビニへ向った。お金を持たせているので、多少のお菓子や飲み物は買える。夕食前でお腹をすかしていると思ったからだ。外から覗いてもそれらしい子どもの姿は見られなかった。店の中に入り、キョロキョロと棚の影を覗いたが、やはりそれらしい姿はなかった。

 公園・・に行くには、日が暮れかかっているのだが、所在なくぽつりとベンチにでも座っているのではないかと、淋しげな姿が思い浮かんだ。


 健造は、丘の中腹にある公園へ走った。無論、確証はない。日が暮れて薄闇に覆われている。暗くなることの恐怖が、健造を焦らせた。一刻も早く見付けてあげたかった。

 丘の公園。広いわりには遊具が少なく、子どもには退屈な公園だ。普段は、狭いスペースを分かちながら、小学生が野球やサッカーをしている。そんな場所も、この時間ともなれば、隅にある照明の灯りがぽつりと点くだけの漆黒の空間になる。目を凝らしても、月読の姿は認められなかった。


 健造は、きびすを返した。もう少し、遠くの方まで行ってみよう。この辺は目印になるような建物が少ないから、迷っているのかもしれない。そう思って、丘の急坂を上っていった。この丘を越えたところに、コンビニがもう一件ある。そこも探してみよう。

 両足を踏みしめ、坂を上る。自分の横を、車が軽々と追い越していく。この周辺は車がなければ生活できない。歩道は広いがこの急坂を上っているのは自分ひとりだけだった。そう思うと孤独を感じ、そして月読の孤独を思った。まばらな街灯が、行く先をかすかに照らしていた。


 ・・・!?


 三つ先の街灯が薄く照らす先に、小さな影が揺れた。丘を下りてくる人影。小さな人影。健造は、立ち止まって、その方向を凝視した。

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