第二夜 かぐや姫養育日記⑨

 月読つきよはどうしているだろう・・

 気が付けば、授業中、ぼぉっと考えている。そのたびごとに、勝手な思い込みで不安な気持ちにふたをしていた。おもちゃや本がいっぱいあって、学校が終われば、少し年上の扶佐子ふさこの妹が遊び相手になってくれる。子どもなんて、初めは人見知りしても、その場にすぐに慣れる。大人なんかよりずっと環境適応力があるんだ。

 そう自分に言い聞かせたけれど、やはり不安は募るばかりだ。そのまま、終日身が入らず、六時間目の授業が終わってしまった。これじゃ、不安解消のために預かってもらう意味がないよなと自嘲じちょうする。


 放課後、健造は生徒会室に立ち寄った。さすがに夕食の準備の時間に差し掛かるまで月読を預かってもらうわけにはいかないので、扶佐子ふさこに断って月読を迎えに行くことを許可してもらうためだ。だが、扶佐子の反応は、

 「迎えに行くって? いいわよ、そんなの! 母親が『今日は月読ちゃんの歓迎会をするから、生徒会が終わったら健造くんも連れてきなさい』って言ってたのよ」

 「いや、一日中預かってもらって、その上、夕食まで御馳走になるのは、さすがに気が引けるよ」

 「いいじゃない、ついでなんだし、もう母親も準備してるんだからさ」


 扶佐子はこういうとき、気前がよくて温かく迎えてくれる。そんな扶佐子の性格は、この一家の雰囲気なんだと改めて思う。しかし、ちょっと強引で予め人の意思を確認しないのが玉にきずだ。

 「というわけで、健造には時間いっぱい仕事してもらうからね。まずは昨年度の各部の要望事項の整理をお願いね」

 もう一つ、人遣いがかなり荒いのも玉にきずだ。やけに瑕だらけの玉だとも思う。でも、このおおらかな温かさは、何物にも代えがたい。

 結局、扶佐子のペースに乗せられて、健造は生徒会の仕事をしていくことになった。


 異変が起こったのは、午後五時を過ぎた頃である。

 仕事が一段落して、撤収の後片付けをしているとき、扶佐子の携帯がバイブレートした。扶佐子は、「ちょっと家から」と言って手を止めて、部屋を出た。そのときは別段気には留めなかったが、しばらくして戻って来た扶佐子の顔から血の気が引いていて、何か深刻な雰囲気をただよわせていた。


 「健造、月読つきよちゃんがいなくなっちゃった」


 そういった扶佐子の顔は、動揺が露わとなっていた。有事にも沈着冷静な扶佐子が、こんな顔をするときもあるんだと思ったが、

 「母親が買い物に入っている間に、家を出てっちゃったみたい。芙美子ふみこには、家に忘れ物を取りに行くって言ってたらしいんだけど」

 「じゃあ、あいつ、家に戻ってるよ」

 健造は、つとめて冷静に取りなした。月読なら、外へ出たとしても道に迷うまいと思った。


 「どうしよう・・ごめんなさい、うちで預かるって言いながら・・」

 扶佐子の顔がさらに暗くなった。子どもを預かった責任を感じているらしい。

 「いや、おれの方こそごめん。月読が勝手なことして、家の人にも迷惑かけた。おれ、これから家に帰るよ。きっと、もう家に帰っているはずだから」

 「そうしてくれる? いたら、すぐ連絡ちょうだい」

 「ああ、だから扶佐子もおばさんや芙美子ちゃんに、心配しないように伝えてくれる?」

 扶佐子は「うん」とうなずいた。

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