第二夜 かぐや姫養育日記⑦

 家へ戻ると、命言みことが夕食の準備をしている傍ら、月読つきよは大好きなテレビ番組を見ずに食卓でうなだれていた。健造は、強い調子で月読に言った。

 「おまえ、今日はどうしたんだ。あれほど一人で家を出るなって言っただろう」

 月読つきよはうなだれて黙ったままである。

 「日中に子どもがスーパーで買い物していたら、誰だって怪しむだろう。幸い、戸籍の年齢が直ってないから、幼稚園児のままで押し通すことができたけど、小学生の年齢に直していたら、義務教育を放棄させたってことで、一応保護者として登録されているおれまで追及されるんだからな」

 健造は、怒気を含んだ声で月読を叱った。月読つきよは、ますます力なくうなだれ、消え入るような声で「ごめんなさい・・」と、謝罪の言葉を口にした。


 「どうしたんだ、おまえ。なにかスーパーに用事があったのか」

 命言みことが手を止めて、間に入った。

 「だんなさま、月読つきよさまはご自分で夕食の準備をなさろうとしたのです」

 「夕食? それは命言おまえの仕事だろ」

 「いえ、月読つきよさまは、テレビの料理番組を見て、自分の手で料理を作ってだんなさまに召しあがってもらおうとしたのです。それで夕食の食材を買うために、ひとりでスーパーを訪れたのです」

 「それはいいが、一人で外出することで、どういう問題が生じるか、これでよくわかっただろう! 子どもが街中をうろつける時間帯じゃないんだ。そもそも、日中とはいえ、子どもの一人歩きは危ないだろう。悪い奴に連れて行かれたら、どうするつもりだったんだ!」

 「だんなさま、いざというときはGPSで、月読さまの居場所を探知することが可能です」

 「おまえに言ってんじゃない! 月読が気をつけなきゃいけないことなんだ。また、同じことがあったら、こっちがかなわないんだよ!」

 健造は、命言に対しても厳しく注意した。そのやり取りを聞いていた月読は、うつむいたまま、両目にいっぱい涙をためていた。

 「いいか、言うこと聞かないやつは、ここに置いておけないからな。どこかで預かってもらうからな!」

 その言葉を聞いて、我慢が切れたのか、月読は声を上げて泣き出した。健造は、その様子を冷たく一瞥いちべつして、付き合いきれないという様子で、自分の部屋に入っていった。


 翌日、登校すると、中富扶佐子ふさこが駆け付けて昨日の出来事を問い質してきた。

 「健造、従妹はどうした? 何か悪いことに巻き込まれたの?」

 こういうとき、扶佐子ふさこは義理がたく信頼がおける。本気で心配している顔で、真っ先に事情を聞いてくれた。ただ、本当のことは言えない。

 「いや、大したことじゃないんだ。ごめん」

 「それじゃ、わからないよ。警察から連絡なんて。お金を盗られたとか、大人に連れて行かれそうになったとか?」

 「いや、そうじゃなくて・・」

 健造は、知られてしまった手前、扶佐子には本当のことを話そうと思っていた。口は堅いし、こういうときは親身に聞いてくれる。

 「実はあいつが一人で買い物に出てしまったところを、警察に通報されてしまって」

 「あの子まだ小さいんでしょ? ねぇ、あんた一人で預かっているの? いつまであんたのうちで預かるの?」

 「あ、ああ・・まだ就学前なんだけど、外国から一時帰国していて、親が迎えに来るまでの間、おれが引き取って面倒をみてるんだ」

 アメリカに長く住んでいる年の離れた従妹で、父親が連れて日本の実家に里帰りしていたが、その父親が急きょアメリカに帰国し、母親が迎えに来るまでの間、健造の家で預かっているのだと事情を説明した。扶佐子から聞かれることもあろうかと、昨日の夜に急ごしらえで考えた設定だ。バレずに済むかと、ひやひやして危うく舌をみそうになった。


 「あんた一人暮らしで、日中家にいないじゃない」

 「おれが学校にいる間は、家で大人しくしてろって言ってたんだけど」

 「バカね! あんた、小さい子、ひとり家に置いて、心細いでしょうが!」

 そう言われて健造ははっとした。自分も命言みこともいない間、月読はひとり心細く自分の帰りを待っているのだろう。誰もいない部屋で話し相手もなく、ひとりさみしく・・

「とにかく、小さい子を放っとくのは感心しないな」

 「いや、そのぉ。夕方にはおれも家に帰るんで、そうしたらちゃんと世話してるから」

 実際には、命言が家事を取り仕切っている。健造は、却って面倒をかけている始末だ。

 「男手じゃ、子どもの世話も大変でしょう。よし! お母さんが迎えに来るまで、うちで預かってあげる!」

 「ええっ? そんな、いいよ。悪いじゃないか」

 「平気よ! どうせ数日でしょう? うち、妹がいるんで、ちょうどいい遊び相手になるよ。子ども部屋も広いんで、一人くらい平気よ。じゃ、母親に聞いてみるから」

 「あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」


 こうと決断したときの扶佐子の行動力はハンパない。扶佐子は、しばらくして戻って来ると、「OKだから、明日からうちに寄って登校しなさいな」と、段取りまで決めたようだった。

 こうなってしまっては、もう好意に甘えるしかない。断る選択肢がない状態だ。

 月読はどう思うだろう・・

 月読の意思を聞かないで、一方的に事を進めるのは気が引ける。しかし、確かに日中、家に一人で置いておくのはどんなリスクがあるか分からないし、何より心細かろう。それよりは、母親がいる扶佐子の家のほうがどんなに心強いか。また、都市の離れた小学生の妹が学校から帰れば遊び相手になってくれるという。同年代の友人と接触できるのは、彼女にとって最大のメリットではないか。

 健造は、総合的に考えて、ここは素直に扶佐子の好意に甘えさせてもらうことにした。


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