第二夜 かぐや姫養育日記⑥

              ***

 それから数日後、平和な日常がしばらく続いたあと、事件は起こった。

 健造がこの日の放課後も、いつものように生徒会室に向かっていたところを、後ろから扶佐子が呼び止められた。扶佐子にしては、いつになく冷静さを欠いた様子である。

 「健造、いま学年主任の中島先生から言われてきたんだけど、あんたすぐ教員室に行きなさい。この前のあんたんとこの従妹いとこが、警察に保護されているらしいわよ」

 落ち着きを失った扶佐子ふさこの様子を見て、健造は一抹の不安を感じて教員室に直行した。家に置いてきた月読つきよの身に何かあったのか?


 教員室では、学年主任の中島先生が待っていたとばかりに、健造を自分のデスクに招いた。中島教諭は健造に小さなメモを手渡し、なるべく周囲に漏れないように小声で、「さっき警察からきみの従妹を預かっていると連絡があったから、その紙に書いてある交番に至急迎えに行きなさい」と告げた。

 健造は、一瞬事態が呑み込めなかった。月読は無事なんだな。空き巣が入ったのか、誰かに連れて行かれそうになったのか。様々な憶測が、かわるがわる脳裏に浮かんでは消える。健造は教諭に一礼して、そのままメモされた交番へと向った。


 健造は、学校からバスを乗り継ぎ、駅前のバス停で下車した。そこから息を切らして駅前の派出所にたどり着いた。中には巡査が一人、机に向かって調書のようなものを整理していた。

 「あの、おれ、讃岐と言います。うちの子どもがこちらで保護されていると聞いたものですので」

 おそるおそる健造は、巡査に訊ねた。巡査は、書く手を止めて健造を見上げた。

 「ああ、讃岐さんね。あなた、月読つきよちゃんのお兄さん? いまさっき、お母さんが迎えに来て、連れて行ったよ」

 「えっ、母親ですか?」

 健造は、母親と言う言葉にはっとしたが、それが命言みことであると直感した。

 「自分と月読つきよちゃんの保険証を持っていたから身分確認できたけど、随分若いお母さんだったな。お母さんには、幼稚園児を一人で外に出さないように厳重に注意しておいたよ。幼児なんだから、勝手に外で遊ばせちゃいけないね。あなたからも、お母さんに注意するように言っておいてください」

 「あの~、月読はどこで保護されたんですか?」

 「商店街の中の『スーパーまるかや』だよ。ひとりでスーパーに入ってカートを押していたところを、お店の人が通報してきたんだ。『小学生くらいの児童が日中、店で買い物してる』ってね」

 健造は、経緯を聞いて合点がいった。最近、また体が一回り大きくなり、確かに小学生低学年に見られておかしくない。就学年代の児童が平日の日中、ひとりでスーパーで買い物していたらさすがに不振がられる。

 「月読はどんな様子でしたか」 健造は、努めて冷静に訊ねた。

 「う~ん、私が店から交番まで連れて来たんだけど、ずっと黙ったままでね~ ただ、お財布からお子さんの名前とお宅の住所を書いたメモが出て来たので、月読つきよちゃんに聞いたら、お兄さんが青南高校の生徒さんだって言ったので、悪いけど電話をさせてもらったんだよ。でも、そうこうしているうちに、お母さんが迎えに来たんだけどね。

 そのお母さんって人も、無表情で月読ちゃんのことを叱りもしなかったので、私から厳重に注意しておいたんだよ」

 巡査は、そう説明した。健造は、命言みことが迎えに来たと納得して、巡査に礼を述べて派出所をあとにした。


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