第二夜 かぐや姫養育日記⑤

 生徒会室では、ちょうど生徒会メンバーが集まって、雑談をしていた。

 「すみません、こちらに二Eの讃岐さんはいますか?」

 見慣れぬ来客とあって、まず生徒会長の中富なかとみ扶佐子ふさこが応対に姿を現した。

 「讃岐くんなら、職員室に寄っているから、まだ来ていないわよ」

 月読は、扶佐子の姿を見てはっと思った。健造の部屋に生徒会メンバーで撮った写真が飾られており、彼女がその中心に位置していたので、生徒会長だとすぐに分かった。

 「讃岐くんになにか用かしら?」

 扶佐子の言葉を聞いて、美幸の陰に隠れていた月読は、ぺたぺたとスリッパを踏み鳴らしながら姿を現した。

 「この子、讃岐さんに傘を届けに来たようなんですけど、玄関のところで迷っていて、私たちが送り届けに来たんです」

 そう説明する美幸のとなりで、月読は扶佐子にぺこりと一礼した。

 「あら、ま、かわいい子! ねぇ、あなた、健造の妹さん?」

 扶佐子が膝を折ってしゃがみ、月読と顔を合わせた。心なしかしゃべり方がおばさん口調になっている。

 「はい、従妹です。健造お兄ちゃんに、傘を届けに来ました」


 その様子を見て、中から他の生徒会メンバーもこぞって近寄って来た。

 「わぁ、幼児だよ、幼児! それも、女の子だよ。ちっちゃくてかわいいなぁ!」

 小野おの真守まさもりが、ひときわでかい歓声を上げて近寄ってきた。健造の級友で、二年生の副会長。屈託なく軽いノリのやつだが、見た目に寄らず成績優秀で人望が厚い。

 「ちょっと、あんたが女児を見てはしゃぐと、ちょっとヤバい感じがするわよ!」

 倉津くらつ麻実まみが、小野を制した。倉津は三年生の副会長。銀ブチメガネがクールさを誘う。年長者とあって、生徒会のまとめ役は実はこの人だ。

 「さぁ、中に入って。もうすぐ健造も来るから」

 扶佐子は、そう言って月読、未子、美幸の三人を生徒会室に招き入れた。

 生徒会の三人+未子みこ美幸みゆきを交えて、五人が輪になって月読を取り囲んで座った。このようなかわいい来客の訪問はめずらしいのだろう。

 「かわいい~ レインコートと長靴が似合うぅ。まるで、着せ替え人形みたいね」

 「色白でぷっくりして、こりゃ、とんでもない美少女になるね~」

 「ひとりで傘を持ってきたの~ 偉いわね~」

 月読はその中心にあって、ひとりもじもじとうつむいていた。


 ほどなくして、健造が姿を現した。がやがやとした声に、何ごとかと思ってドアを開くと、狭い部屋の中で車座くるまざの中心に、月読がちょこんと座っているのが見えた。

 「月読じゃないか・・」

 遅れて入って来た健造は、みなの注目を一斉に浴びた。なぜ、ここに月読が? しかも、なぜ皆の中心にいるのか? 事態の把握に努めようとするが、さっぱり答が浮かばない。その疑問を問いただす前に、椅子を降りた月読がぴょこぴょこと近寄ってきた。

 「傘を届けに来たら学校の中で迷ってしまって、あのおねえさんたちがここまで送り届けてくれたんです」

 月読は、面々に気取られぬように小声でささやいた。なるほど、状況は理解できたのだが、興味津々という視線を降り注がせる彼らに対し、月読の存在をどう説明したらいいかと思うと、途端に気が重くなった。

 健造は、とっさに月読をひょいと抱き上げた。

 「月読! どうしたんだ、ひとりでここまで来たのか? 危ないじゃないか」

 「健造! その子はあんたの家に住んでるの?」 扶佐子ふさこが訊ねた。

 「いや。ここ数日、泊まりに来ているだけだよ」

 とりあえず思い付いた言い訳を口にする。あまりにも不意の展開に、まったく答を用意していない。

 「そうか~ だめだぞ、ひとりでここまで来ちゃ、あぶないんだからな~ あれっ? あくびしているのかな? もうおねむの時間なんじゃないか? こりゃ大変だ、帰って早く寝かしつけなきゃ」

 月読に言葉をかけつつ、わざとらしくひとり芝居を披露してから、健造は扶佐子に向かって恭しく訊ねた。

 「というわけで、この子を連れて帰らなきゃならないので、今日はこれで失礼するよ」

 「え、ああ、いいわよ。それじゃ」

 健造の、急を要するという態度に、扶佐子も乗せられて許諾の返事をした。健造は、月読を抱きかかえながらかばんを取り、ここまで連れて来てくれた未子みこ美幸みゆきに礼を述べてあわててその場を辞去した。

 「何だったんだろうね~ あの子」 「さぁ~?」

 主役をつまみ出されて、女の子の素情すじょうは闇に葬られた。あとに残された五人は、不満げにお互いに顔を見合わせていた。


 「やれやれ・・」

 月読とバスに乗り込んだ健造は、後部の座席に腰掛けるとふぅ~と息を吐いた。隣りにはちょこんと、月読が座っている。

 「どうして、わざわざここまで来たんだよ?」

 健造は、Yシャツのえりを摘まみ上げて、手のひらでぱたぱたとあおぐマネをした。放課後まで冷や汗ものだ。

 「お昼から雨が降って来ましたから、だんなさまが濡れちゃうといけませんので」

 月読はしっかりした口調で理由を述べた。親切に傘を届けに来たのに、礼のひとこともないばかりか、どうやら健造には迷惑だったようである。


 「おれはいいんだよ、雨が降ってもなんとかするから。そう! 扶佐子ん家がこの近くだから、傘に入れてもらって、そのまま借りて行けばいいんだから」

 月読はそれを聞いて、二人がれしい態度で一つ傘の下で密着しながら歩いている姿を想像した。なんか、むっとするな~

 「それじゃ、二人とも濡れてしまいます!」 むすっとして、月読が答えた。

 「別にいいんだよ、多少濡れたって。あいつの家、近いんだし」

 健造は、月読の顔を見た。なんか機嫌が悪くなっていないか、こいつは。


 「わかりました。わたし、傘を届けて、お二人の邪魔しちゃったわけですね」

 月読は、腕組みをしてぷんすか頬を膨らませていた。

 「な、なんか怒ってるみたいなんですけど・・」

 健造は、身体を引きながら、本当におねむでくずり出したのかと思った。幼児の機嫌は変わり易いので、帰ったらおやつをあげなくちゃと本気で考えていた。


(次回 事件勃発!)

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