第二夜 かぐや姫養育日記①

 月読つきよ命言みことによる侵略が始まった。侵されているのは、健造の生活領域である。

 健造は自室に籠って、月読と命言の様子を窺っていた。命言は月読を連れて、家具や日用品の調達を行っていた。机、ベッド、衣裳ケースなど生活に必要な物品を買い揃え、物置きに使用していた空き部屋に運び込んでいた。一応女の子らしい居住空間が出現し、健造の家に生活基盤が整えられた。

 逆にいえば、本当に家族として定住するかのようである。一体いつまでこの家に居座る気なのか? ひととおりの物品の調達を終えた頃合いを見計らって、健造は命言を呼び寄せ当座のことを訊ねた。

 「随分買い揃えたみたいだけど、一体いつまでこの家にいる気なんだ」

 いくらなんでも、定住することまで了承した覚えはない。健造に危害を加える様子はないことは分かってきたが、個人的な空間をずっと侵食されるのは耐え難い。

 「残念ながら、そのご質問には明確に答えられません」

 想定された答と知りながら、平然と言ってのける命言に対して、健造は吐き捨てるように言った。

 「何故だ。ここにずっと居座る気でいるなら、こっちにも考えがある!こちらが出て行くまでのことだ」

 どうせ借家かりや住まいの身であり、親に頼んで別の部屋へ引っ越すことは可能である。

 「お待ちください。永久にこちらに滞在する予定はありません。私たちは、ある物を探しています。それを見付けるまでの期間、滞在をお許しいただきたいのです」

 「おまえたちが探してる物とは何だ」

 「だんなさまは、『竹取物語』をご存じですか?」

 唐突に有名な昔話が出てきて、健造は面喰った表情を浮かべた。

 「この国では有名な昔話で、童話として絵本にもなっている。それがどうした?」

 「かぐや姫は、最後、月の国の使者が迎えに来て、月に帰るという結末ですよね」

 「それとどういう関係があるんだ?」

 「神奈原カムナバルの調査船団の航跡記録に、過去地球を訪問した履歴があることをお話ししました。その年代に地球上でいかなる出来事が起こっていたか、この数日間、インターネットに接続しあらゆる情報の検索を行いました。その結果、竹取物語の成立時期と推定される十世紀初に、船団が地球を訪れているという航跡記録があるのです」

 「ちょ、ちょっと待て! じゃあ、おまえは、かぐや姫は神奈原カムナバルの人間で、竹取物語は実話だっていうのか?」

 健造は、あまりに荒唐無稽な話に、思わず声を荒げた。幼児向けの童話に、いまさら現実リアルなど感じはしない。だが、健造には構わず、命言は表情一つ変えずに話を続けた。

 「そうは申しません。でも、事実をもとにアレンジした創作という可能性もあります」

 「同じようなもんだろ! 第一、かぐや姫は月の国のお姫さまで、羽衣を着て月に帰ったんじゃないか」

 「そうです。私たちが関心を持ったのは、その『天の羽衣』です。物語には、かぐや姫が昇天する前に、身に付けていた衣服を竹取老夫婦に形身として残したと記述されています。その遺物を探すのが私たちの地球滞在の目的なのです」

 「遺物と言っても、十何世紀も昔の衣服が残っているわけないじゃないか」

 「私たちは、羽衣を神奈原の飛行機器ディバイスだと考えています」

 「なに? それは、小型の飛行機みたいなものか」

 「神奈原カムナバルには、薄い翼のようなもので短時間滑空できる飛行具のようなものもあります。しかし、母船に帰るために超高度の飛行が可能なものであったとするならば、私たちが乗って来た小型のシャトルの可能性が高いと推察します」

確かに、天人が月から持ってきた輿のような乗用具を描いた絵巻物もある。

 「飛行機器ディバイスが残っていたならば、その時代に製作された駆動系の内部構造コンポーネントを表す情報が保存されているはずです。それが分かれば、私どもの枝分船ブランチシップの補修が可能となるのです。ですから、『天の羽衣』の痕跡でもいいので、手に入れたいのです」

 「でも、その羽衣をどうやって見付けるんだ」

 「いま、手掛かりがあるわけではありませんが、おそらく人目につかないようにどこかに隠匿されているのでしょう。今後、古文書など文献調査を行って探索することを予定しております。それは、だんなさまにはご迷惑をかけないよう、私が実行いたします」

 そう言って、命言は健造の国語辞典を手に取り、それを両眼で凝視しながらすべてのページを一気にざっとめくり上げた。その間、わずか一秒ほどだったが、健造が辞典の中の任意のページを指定すると、命言はそのページの記述を一字一句間違えずに朗読した。凄まじい記憶機能であり、これなら何万冊もの古文書ハードコピーの蓄積が可能と言えよう。

 キツネにつままれたような話だが、これ以上、彼らの滞在目的に関与するのは得策でない気がした。それよりも、目先の現実が重要である。健造は、今後の生活に関する最重要事項に話を戻した。

 「ところで、いろいろ買い込んでいるようだけどその資金はどうやって調達したんだ」

 「これを使っています」

 命言は、懐から数枚のプラスチックカードを取り出して、健造に見せた。名義人は月読となっており、どう見ても本物のクレジットカードであった。

 「これ、どうやって作ったんだ?」

 「クレジットカード会社のデータベースに私が直接書き込んで作りました」

 「なに? じゃあ、引き落とし用の銀行口座は?」

 「ご安心ください。それも適当に作っておきましたので」

 安心じゃねぇよ! 悪びれもせず、堂々と答える命言を見て、健造の脳裏にさらに不安がよぎった。

 「その銀行口座には、どうやって資金を補充するんだ?」

 「中央銀行に設けられた市中銀行向けの短期資金の決済口座から振り分けられた資金が、口座に自動的に入金される仕組みになっています」

 「な、なんだって!?」

 「資金の収支が合うように、私が日銀の決済資金に便乗して、使った分だけ入金するようにプログラミングしておいたんですよ」

 「それじゃ、銀行の収支が合わないじゃないか」

 「それもご安心ください。何兆円の流動資金のうち高々数万円です。プログラムも書き加えていて、誤差は翌月に繰り越す仕組みになっていますので」

 「ということは、お金の出元を突き詰めると・・」

 「最終的には、国家の歳出になりますかね~」

 「ばかやろ! カードの偽造、架空口座の設置、不正送金・・ぜんぶ犯罪じゃないか!」

 健造は、顔色を失い、即座にカードを破棄するように命じた。それから、自分が立て替えるから使った分を元に戻しておくように命言に厳命した。月初から生活費を食い潰すのは苦しいが、背に腹は代えられない。足りない分は親に無心するしかないであろう。

 健造は命言に、今後、このような触法行為を行うようであれば、断固、家から追い出すと厳しく叱責した。命言は素直にその命令に従って、自らの労働で生活費を稼ぐことを宣言した。

 かくして、命言の生活サイクルが決まった。命言はパートタイマーとして昼夜働き、空いた時間には家事をして、休日には古文書の探索に向かう日々だ。人間には到底こなせないハードスケジュールを毎日こなしている。その分、在宅時間が少なくなった。帰ってくるのは決まって深夜日付が変わるころである。

 そして、家が狭いから申し訳ない(余計なお世話だ!)と言って、月読の部屋の端に置いてあった、古びた衣服収納用のビニールロッカーの中へ入って、内側から自分でファスナーを閉じて朝まで機能を停止させていた。


(次回、魔法少女登場!)


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